<推薦文>
　およそ2万年前にシベリアで発生した細石刃は、その利便性から北アジアのみならず中国北部、朝鮮半島、そして我が国へももたらされた。この細石刃文化の技術戦略の解明は、寒冷期～晩氷期の環境変化への多様な適応形態の理解へと通じる。しかし、残念ながら動物骨や植物質資料の伴わない日本列島の細石刃文化の技術戦略の解明は非常に困難であり、いきおい石器分析が研究の主体となる。しかもこの技術戦略に視点を置いた石器研究は、これまで北日本に展開した北方系(削片系)細石刃石器群を対象に行われてきただけで、西南日本の非削片系細石刃石器群ではきわめてまれであった。
　本書は、この非削片系細石刃石器群の中心地域ともいうべき九州地方を対象に、遺跡内外での石器消費動向を分析基点においた空間分析を行い、集団の移動領域と石材供給システム、そしてそれらの時期的変遷を明らかにした秀作である。本書の特質は、単なる行動理論に基づくモデル化ではなく、膨大な分析資料を対象にした実証的研究であり、それら基礎資料が詳細な石器接合関係の分析、使用痕分析、蛍光X線分析による石材産地同定などの科学的分析手法によって裏付けられている点にある。本地域の細石刃研究が40年目にして迎えた待望の書であり、今後の研究の方向性を示す羅針盤でもある。
熊本大学文学部教授　小畑　弘己
(熊本大学学位論文に大幅に加筆刊行)
<目次>
第1章　細石刃石器群研究の論点と研究の方法
第2章　九州における細石刃石器群の編年研究
　第1節　九州における細石刃石器群編年研究史
　第2節　九州における細石刃技術の分類
　第3節　九州細石刃石器群の分類
　第4節　九州細石刃石器群の編年
　第5節　細石刃石器群と縄文時代草創期
　第6節　小　結
第3章　九州における細石刃石器群の構造
　第1節　北部・中九州細石刃石器群の構造と集団の行動領域
　第2節　南九州の細石刃石器群における石材消費と行動領域
　第3節　南九州細石刃石器群における西北九州産石材の入手過程
　第4節　後期細石刃石器群における石器群構造
　第5節　細石刃期の行動パターンと行動領域の変化
第4章　九州細石刃石器群の周辺
　第1節　細石刃出現以前の九州―ナイフ形石器群終末期―
　第2節　細石刃期直後の九州―縄文時代草創期石鏃石器群―
　第3節　隣接諸地域の細石刃石器群
　第4節　九州細石刃石器群の時空間的位置づけ
第5章　九州細石刃石器群の移動・居住システム
　第1節　九州における細石刃期の環境
　第2節　行動パターンと行動領域の変化の背景
　第3節　結　論
付表　分析対象遺跡石材データ