【書評】
・池谷 信之氏　2014年5月　六一書房書評コーナーでご覧いただけます
・『考古学研究』第61巻 第2号に書評が掲載されています。(2014年10月)
【内容】
　稲作農耕民の弥生文化とはやや異質な、荒ぶる黒潮を越えて、伊豆諸島の島々へ向かった人々をめぐる弥生文化が本書にはある。コメを作らずになぜ黒潮を越えていったのか。それはコメをつくり、石器や金属器を手に入れるのと同じ価値のもの、黒曜石であり、オオツタノハという貝が海の向こうに存在したためである。弥生時代にも石鏃等の素材となる黒曜石や腕輪の素材となるオオツタノハなどは流通していた。しかし、それらは縄文時代からの影響が色濃く残ったに過ぎないとこれまで評価されてきた。ただ、弥生文化に内在するその多様性を認めるならば、黒潮を渡って獲得に赴くそのリスクを過小評価するべきではないだろう。
　本書では、弥生時代の社会を支える物資の流通のために海を渡った人々を弥生海人集団と定義し、海からの視点で弥生文化を検討している。弥生時代中期の物資流通に伴う専門的集団の出現とその移住の問題を中心としつつ、前期の稲作の伝播の問題、後期の貝および金属製腕輪の流通の問題を通じて、弥生海人集団の特質と変化に迫っている。海人集団の出自・系譜を検討するために型式学などの考古学的手法・土器の胎土や石材の産地分析を行った。そして、生業を検討するために石器の使用痕分析・残存デンプン粒分析・イノシシ類の炭素・窒素同位体分析、伊豆諸島に展開した集落の特質を検討するために火山学的分析を行った。この研究では多くの研究者の協力により様々な手法を駆使した。
伊豆諸島は相模灘から太平洋上に点在する島々である。しかし、弥生時代に島へ渡った人々は、主に東海地方から関東地方の人々である。本書で明らかにした島の文化と歴史は、本土と切り離されたものではなく日本列島の文化と歴史に連動し、その本質的な部分の影響を受けている。島から見えてくる弥生文化がある。
【目次】
序　章
　　第1節　弥生文化と海
　　第2節　島嶼研究の意義
　　第3節　伊豆諸島の考古学研究の論点
　　第4節　本研究の目的と手法
第1章　伊豆諸島の集落展開と渡島集団
　　第1節　伊豆諸島の遺跡
　　第2節　伊豆諸島出土の弥生土器の検討と遺跡の分類
　　第3節　伊豆諸島出土の弥生土器の胎土分析
第2章　三宅島の火山噴火と遺跡
　　第1節　三宅島における弥生時代の火山噴火
　　第2節　三宅島の遺跡にみる火山噴火堆積物
　　第3節　八丁平噴火噴出物と遺跡
　　第4節　弥生時代中期の火山噴火
第3章　伊豆諸島の弥生集落の交易活動
　　第1節　黒曜石製石器の分析
　　第2節　オオツタノハ製貝輪の流通
　　第3節　貝輪・黒曜石をめぐる島と本土の交流
第4章　島嶼における食糧資源の問題
　　第1節　出土動植物質食糧について
　　第2節　食糧生産の問題
　　第3節　生業関連石器の問題
第5章　島をめぐる弥生社会
　　第1節　稲作を伝えた集団
　　第2節　弥生時代中期中葉以後の本土と島嶼の関係
　　第3節　弥生時代後期の本土と島嶼の関係　海人集団・貝輪と金属製釧
終　章　海人集団と弥生文化