書評コーナー

第45回 2018.05.07

同型鏡と倭の五王の時代
発行元: 同成社 2018/02 刊行

評者:内山敏行 (公益財団法人とちぎ未来づくり財団 埋蔵文化財センター)

同型鏡と倭の五王の時代

著書:辻田 淳一郎 著

発行元: 同成社

出版日:2018/02

価格:¥13,200(税込)

目次

序章 銅鏡研究を媒介とした5・6世紀の東アジア史の可能性
   1.同型鏡をめぐる諸問題
   2.文献史学の成果と考古学との接合:古代国家形成過程の観点から
   3.本書の課題
第1章 同型鏡群に関する研究動向と問題の所在
   1.同型鏡群と関連鏡群をめぐる研究史
   2.問題の所在
第2章 同型鏡と関連鏡群の系譜と製作技術
 第1節 同型鏡群の原鏡の系譜と鈕孔製作技術
   1.同型鏡群の資料と特徴
   2.同型鏡群の原鏡の年代観と系譜
   3.同型鏡群の鈕孔製作技術
   4.小結:同型鏡群の系譜と製作技術における「限定性」
 第2節 画文帯環状乳神獣鏡Aの系譜と製作技術
   1.画文帯環状乳神獣鏡Aについての先行研究と検討課題
   2.分析
   3.小結:鈕孔からみた画文帯環状乳神獣鏡Aの製作技術
 第3節 各種同型鏡の系譜と製作技術
   1.方格規矩四神鏡
   2.細線式獣帯鏡A
   3.細線式獣帯鏡B
   4.細線式獣帯鏡C
   5.細線式獣帯鏡D
   6.細線式獣帯鏡E
   7.浮彫式獣帯鏡A
   8.浮彫式獣帯鏡B
   9.浮彫式獣帯鏡C
   10.浮彫式獣帯鏡D
   11.浮彫式獣帯鏡E
   12.盤龍鏡
   13.神人龍虎画象鏡
   14.神人歌舞画象鏡
   15.神人車馬画象鏡
   16.神獣車馬画象鏡(二神龍虎車馬画象鏡)
   17.画文帯環状乳神獣鏡B
   18.画文帯環状乳神獣鏡C
   19.画文帯環状乳神獣鏡D
   20.求心式神獣鏡
   21.画文帯対置式神獣鏡
   22.画文帯同向式神獣鏡A
   23.画文帯同向式神獣鏡B
   24.画文帯同向式神獣鏡C
   25.画文帯仏獣鏡A
   26.画文帯仏獣鏡B
   27.八鳳鏡
   28.それ以外の関連資料
   29.踏み返し時における改変事例の技術的特徴
   30.小結:同型鏡群の製作技術と生産の具体相
 第4節 建武五年銘画文帯神獣鏡の文様と製作技術(付・補論)
   1.問題の所在
   2.建武五年銘鏡の文様と製作技術
   3.渡邊晁啓氏旧蔵画文帯同向式神獣鏡の検討
   4.考察
   5.補論1:ROM鏡の観察結果と久保惣鏡との関係について
   6.補論2:建武五年銘鏡と同型鏡群の鉛同位体比
   7.小結:建武五年銘鏡に関する今後の検討課題
 第5節 5世紀における同型鏡群の生産とその背景
     ―南朝における銅鏡生産の実態と尚方―
   1.同型鏡群の生産における大陸・南朝の事情
   2.同型鏡群の「生産体制」とその実態
   3.同型鏡群の生産・流通における列島社会との関係
   4.小結:同型鏡群の生産と背景をめぐる暫定的結論
第3章 古墳時代中・後期における倭製鏡の変遷と系譜
 第1節 中・後期倭製鏡の分類・編年と中・後期古墳の編年基準
   1.問題の所在:倭製鏡の変遷観と同型鏡群との関係
   2.中・後期倭製鏡の諸系列
   3.中・後期倭製鏡の編年と中・後期古墳の編年基準
 第2節 同型鏡群と倭製鏡の関係
    ―古墳時代中期後半〜後期における大型倭製鏡の製作とその意義―
   1.問題の所在
   2.日吉矢上鏡群の分析
   3.中・後期倭製鏡における大型鏡生産の2つの画期
   4.考察:古墳時代中期後半〜後期における大型倭製鏡の製作とその意義
   5.小結:中・後期倭製鏡の変遷とその意義
第4章 古墳時代中・後期における同型鏡群の授受とその意義
 第1節 同型鏡群の授受からみた古墳時代における参向型授受の2つの形態
   1.同型鏡群の拡散時期と授受の具体相
   2.同型鏡群の授受とその意義―古墳時代における参向型授受の2つの形態―
   3.小結:同型鏡群の授受とその意義
 第2節 列島・半島南部地域における同型鏡群・倭製鏡の分布とその背景
   1.列島各地における同型鏡と倭製鏡の分布
   2.半島南部における同型鏡と倭製鏡の分布
   3.小結:列島・半島南部出土鏡の分布とその特質
第5章 同型鏡と倭の五王の時代をめぐる諸問題
 第1節 同型鏡群と倭製鏡に関する現象の整理と本章の課題
   1.現象の整理
   2.本章の課題
 第2節 東アジアにおける同型鏡群の出現・展開とその意義
   1.同型鏡群の出現とその背景:倭の五王の遣使と大陸の事情
   2.同型鏡群・倭製鏡の授受とその背景:参向型2類の意義
   3.朝鮮半島南部地域をめぐる5世紀末〜6世紀前半の国際情勢と同型鏡群
   4.列島の古代国家形成過程における同型鏡群・倭製鏡とその意義
終章 5・6世紀の東アジア史における同型鏡の意義
参考文献
挿図出典
あとがき

 中期・後期古墳から出土する同型鏡の中には、倭あるいは朝鮮半島(百済?)で踏み返した鏡も含まれているのではないだろうか?――と、考えていたことがある。鏡を研究しているわけではないので詳しく検討することはないのだが、自分の地元である栃木県の野木神社の(周辺の古墳群で出土した)画文帯環状乳神獣鏡と、同型である江田船山古墳や迎平6号墳出土の鏡の写真を比べてみたことがある。鈕孔の向きが大きく異なり、神像や獣像に対して大きく斜行していることが明らかである。私の恩師(小林三郎先生)に尋ねて、鈕孔の方向は各鏡を鋳造する時に設けた中子の向きで1回ごとに決まると教えられた。原鏡の文様と鈕孔の向きに対して無頓着な作鏡者が、中国以外にいたのではないかという感想を持った。
 韓国(百済)の武寧王陵の浮彫式獣帯鏡と同型の鏡が群馬県綿貫観音山古墳にあることは樋口隆康先生の論文(1972年)などで早くから知られていた。他に滋賀県の三上山のふもとの古墳から出土した同型鏡2面が野洲市の甲山古墳で出土した可能性が指摘されるようになったことから、これらの鏡は百済を経由して倭にもたらされたのだろうと私は考えていた。群馬県観音山古墳や滋賀県甲山古墳のように朝鮮半島製副葬品が顕著な古墳、あるいは武寧王陵のように中国の影響が色濃い墳墓にある遺物群は、中国→朝鮮半島→倭という方向で動いているので、同型鏡だけが中国(南朝)→倭→百済という逆まわりの経路で移動したとは、私には思えなかった。上野祥史さんの発表(2005年)を聞いて、会場で、その疑問を上野さんに尋ねたことがある。小林行雄先生(1966・1976年)や、川西宏幸さんの研究(2004年)のとおり、中国南朝製という考えが妥当だと、上野さんから教えられた。そこで川西さんの論文・著書をよく読み、中国で原鏡から踏み返して倭に多数もたらされたという意見を否定しにくいことを、私なりに理解できるようになった。それでも、「朝鮮半島よりも日本に出土数が多い」ことが、そのまま「日本を経由して朝鮮半島へもたらされた」ことにはならないのではないか?――という疑問を持つ人は、まだ少なくないと思う。
 今回の辻田さんの著書は、踏み返し鏡の傷や計測値に加えて、鈕孔の製作法を実物資料から丁寧に検討している。同型鏡群は、倭の遣使からの要請を受けて南朝で「粗製濫造」的に大量複製された「特鋳鏡」で、倭の五王(具体的な可能性としては倭王済)に与えられたことを、前半の300頁ほどでデータを示して論じた。(上で述べてきたような私の疑問は、ここで払拭された。) 中国南朝の斉において、「渡邊晁啓氏旧蔵鏡」のような後漢代の画文帯同向式神獣鏡の構図を改変し、外区を拡張し、東晋から斉への王朝交代の正当性を示す銘文を追加することによって、建武五年(498)銘鏡が製作されていることから、尚方のような組織で鏡が作られていたことを考えている。それに続いて、中期から後期前半の倭製鏡を検討して、南朝から舶載された同型鏡群と倭製鏡とがつくる鏡の秩序を復元した。
 著書の後半は、鏡の個別研究ではなく、鏡を素材にして、古墳時代中期・後期における器物の授受のありかたを検討している。そして中期後葉には時期差をもって追葬されるような人物を含む個人が近畿中央政権に上番・奉仕した際に贈与を受ける「参向型2類」の贈与と「人制」が関連する(前期的な鏡秩序の再興と威信財システム)。後期前半には、鏡よりも装飾付大刀や金銅装馬具の贈与に重点が移り、ミヤケ制・国造制・部民制を介して近畿中央政権が各地域社会を間接支配するようになることを述べている。
 「参向型1類」は地域集団への贈与であり、「参向型2類」では政権の活動に参加した個人への贈与が加わる変化があって、両者の過渡期が5世紀後半であるとみる意見について、鏡以外にも同じことがいえるだろうか。甲冑や首飾のような着装する品物の場合には、前期や中期前半でも個人への贈与品があったようにも感じられる。装飾付大刀や金銅装馬具の場合、個人への贈与品にはとどまらなくて、ある職掌や身分へ制度的に位置づけられたことを示す身分標識と考える意見も強いであろう。
 本書は、論旨が一貫しているので、最後まで通読することに苦労が少なく、鏡の研究者でなくとも特に後半部分は再読・引用する必要がある書物である。たとえば、同型鏡群が最も多く副葬される5世紀後葉における「中小古墳の被葬者層を新たに取り込む動き」は、帆立貝形古墳および初期群集墳の性格や、他種の副葬品との関係からも議論されてゆく必要がある。また、独立した古墳を築造しないで追葬された人物と「人制」が関わる可能性も含めて考えていく視点は、鏡や銘文刀剣以外の副葬品研究にも適用可能である。私の関心分野で例を挙げると、熊本県江田船山古墳の短甲2点のうち横矧板鋲留短甲は追葬品の可能性があり、埼玉県埼玉稲荷山古墳の礫槨被葬者が鉄製冑や剣菱形杏葉を副葬しない背景を考えることもできる。
 辻田さんは、「畿内」の用語を古墳時代へ遡らせて使うことをしない立場であるらしい。また、「威信財」の用語を、ステータスシンボル、あるいは非実用品の意味として用いるような、俗流の安易な使い方をしない。「威信財システム」を成り立たせる形式で流通する器物に注目して、限定した意味をもって議論する姿勢は、学術用語としての正確さを保つ点で、私にとっては同意できる立場である。「畿内」を古墳時代に使わない点も、同様である。
 私は鏡の専門家ではないので、鏡を分析する個別の論点に対して論評はできない。しかし、古墳時代中期・後期を通史的に検討する論著として出色の作品である。今回の辻田さんの著書は、寄せ集めではなく体系性を持った、しかも多くが書き下ろしの仕事である。論文は短いほうがよい―とうそぶいている私にとっては、自らの仕事の少なさ・遅さ・体系性の乏しさについて、反省させられることになった。

同型鏡と倭の五王の時代

著書:辻田 淳一郎 著

発行元: 同成社

出版日:2018/02

価格:¥13,200(税込)

目次

序章 銅鏡研究を媒介とした5・6世紀の東アジア史の可能性
   1.同型鏡をめぐる諸問題
   2.文献史学の成果と考古学との接合:古代国家形成過程の観点から
   3.本書の課題
第1章 同型鏡群に関する研究動向と問題の所在
   1.同型鏡群と関連鏡群をめぐる研究史
   2.問題の所在
第2章 同型鏡と関連鏡群の系譜と製作技術
 第1節 同型鏡群の原鏡の系譜と鈕孔製作技術
   1.同型鏡群の資料と特徴
   2.同型鏡群の原鏡の年代観と系譜
   3.同型鏡群の鈕孔製作技術
   4.小結:同型鏡群の系譜と製作技術における「限定性」
 第2節 画文帯環状乳神獣鏡Aの系譜と製作技術
   1.画文帯環状乳神獣鏡Aについての先行研究と検討課題
   2.分析
   3.小結:鈕孔からみた画文帯環状乳神獣鏡Aの製作技術
 第3節 各種同型鏡の系譜と製作技術
   1.方格規矩四神鏡
   2.細線式獣帯鏡A
   3.細線式獣帯鏡B
   4.細線式獣帯鏡C
   5.細線式獣帯鏡D
   6.細線式獣帯鏡E
   7.浮彫式獣帯鏡A
   8.浮彫式獣帯鏡B
   9.浮彫式獣帯鏡C
   10.浮彫式獣帯鏡D
   11.浮彫式獣帯鏡E
   12.盤龍鏡
   13.神人龍虎画象鏡
   14.神人歌舞画象鏡
   15.神人車馬画象鏡
   16.神獣車馬画象鏡(二神龍虎車馬画象鏡)
   17.画文帯環状乳神獣鏡B
   18.画文帯環状乳神獣鏡C
   19.画文帯環状乳神獣鏡D
   20.求心式神獣鏡
   21.画文帯対置式神獣鏡
   22.画文帯同向式神獣鏡A
   23.画文帯同向式神獣鏡B
   24.画文帯同向式神獣鏡C
   25.画文帯仏獣鏡A
   26.画文帯仏獣鏡B
   27.八鳳鏡
   28.それ以外の関連資料
   29.踏み返し時における改変事例の技術的特徴
   30.小結:同型鏡群の製作技術と生産の具体相
 第4節 建武五年銘画文帯神獣鏡の文様と製作技術(付・補論)
   1.問題の所在
   2.建武五年銘鏡の文様と製作技術
   3.渡邊晁啓氏旧蔵画文帯同向式神獣鏡の検討
   4.考察
   5.補論1:ROM鏡の観察結果と久保惣鏡との関係について
   6.補論2:建武五年銘鏡と同型鏡群の鉛同位体比
   7.小結:建武五年銘鏡に関する今後の検討課題
 第5節 5世紀における同型鏡群の生産とその背景
     ―南朝における銅鏡生産の実態と尚方―
   1.同型鏡群の生産における大陸・南朝の事情
   2.同型鏡群の「生産体制」とその実態
   3.同型鏡群の生産・流通における列島社会との関係
   4.小結:同型鏡群の生産と背景をめぐる暫定的結論
第3章 古墳時代中・後期における倭製鏡の変遷と系譜
 第1節 中・後期倭製鏡の分類・編年と中・後期古墳の編年基準
   1.問題の所在:倭製鏡の変遷観と同型鏡群との関係
   2.中・後期倭製鏡の諸系列
   3.中・後期倭製鏡の編年と中・後期古墳の編年基準
 第2節 同型鏡群と倭製鏡の関係
    ―古墳時代中期後半〜後期における大型倭製鏡の製作とその意義―
   1.問題の所在
   2.日吉矢上鏡群の分析
   3.中・後期倭製鏡における大型鏡生産の2つの画期
   4.考察:古墳時代中期後半〜後期における大型倭製鏡の製作とその意義
   5.小結:中・後期倭製鏡の変遷とその意義
第4章 古墳時代中・後期における同型鏡群の授受とその意義
 第1節 同型鏡群の授受からみた古墳時代における参向型授受の2つの形態
   1.同型鏡群の拡散時期と授受の具体相
   2.同型鏡群の授受とその意義―古墳時代における参向型授受の2つの形態―
   3.小結:同型鏡群の授受とその意義
 第2節 列島・半島南部地域における同型鏡群・倭製鏡の分布とその背景
   1.列島各地における同型鏡と倭製鏡の分布
   2.半島南部における同型鏡と倭製鏡の分布
   3.小結:列島・半島南部出土鏡の分布とその特質
第5章 同型鏡と倭の五王の時代をめぐる諸問題
 第1節 同型鏡群と倭製鏡に関する現象の整理と本章の課題
   1.現象の整理
   2.本章の課題
 第2節 東アジアにおける同型鏡群の出現・展開とその意義
   1.同型鏡群の出現とその背景:倭の五王の遣使と大陸の事情
   2.同型鏡群・倭製鏡の授受とその背景:参向型2類の意義
   3.朝鮮半島南部地域をめぐる5世紀末〜6世紀前半の国際情勢と同型鏡群
   4.列島の古代国家形成過程における同型鏡群・倭製鏡とその意義
終章 5・6世紀の東アジア史における同型鏡の意義
参考文献
挿図出典
あとがき