書評コーナー

第9回 2013.10.07

弥生時代 土器生産の展開
発行元: 六一書房 2013/02 刊行

評者:森岡 秀人 (日本考古学協会理事)

弥生時代 土器生産の展開

著書:長友朋子 著

発行元: 六一書房

出版日:2013/02

価格:¥11,000(税込)

目次

<目次>
序 章 土器生産と専業に関する課題
 第1節 器物生産研究の展開と弥生土器
 第2節 民族学的研究と専業に対する理解
 第3節 研究目的と研究方法
第1章 弥生時代中期の地域色
 第1節 土器にあらわれる地域色の意味
 第2節 煮沸具の地域色
 第3節 装飾からみた地域色と交流関係
 第4節 凹線文による情報伝達からみた山間部と平野部の地域性
 第5節 土器の機能性と象徴性にみる弥生時代中期の地域間関係
第2章 弥生時代の土器生産体制
 第1節 生産体制と専業化への認識
 第2節 土器製作技法の変化
 第3節 焼成方法の変化
 第4節 土器の規格度
 第5節 土器の移動量からみた生産量の変化
 第6節 弥生土器の生産体制の変化と画期
第3章 弥生時代における食事および調理方法の変化
 第1節 土器の使用方法からみた変化
 第2節 食器組成における変化と画期
 第3節 食事様式の変化とその歴史的意義
 第4節 調理方法の変化
 第5節 食器および調理具からみた生活様式の変化
第4章 東アジアからみた弥生土器生産と分業化
 第1節 東アジアにおける土器生産の比較研究の意義
 第2節 土器からみた燕および漢と周辺地域との交流関係
 第3節 朝鮮半島における土器の技術革新と生産体制
 第4節 朝鮮半島湖西地域の分業化過程
 第5節 東アジアからみた弥生土器生産の特質
 第6節 東アジア周辺部における土器生産と分業化
終 章 器物生産の展開と分業
 第1節 弥生土器の生産体制と分業化
 第2節 東アジアにおける土器生産の展開と弥生社会

真理を探究する情熱と確かな観察力に裏打ちされた文章

 中学時代の土器作りに端を発する私の考古学人生50年において、弥生土器は最も長く接触し、親しみ深い研究対象になっているが、まだまだ分からぬことだらけで、常に最先端の研究には注意を払ってきた。そのトップにあって風を切って颯爽と行く長友朋子さんが早々と重厚な本を出された。若い世代の長友朋子さんは、長い間私の解けない土器作りの謎に説得力漲る解を次々と用意し、その成果を矢継ぎ早に論文にして世に問うてきた。その一連の業績にさらに手を加えられ、時宜を得て完全収録されたのが本書である。
 真理を探究する情熱と確かな観察力に裏打ちされた文章は、気取らない女性らしい柔らかみのある表現、筆致によって大変読みやすく、読了して彼女が提示した壮大な土器社会学が抹消の個別議論から目標とする高みの所までの体系をなしていることにさりげなく気付かされる。学問・研究というものは、先学者や同僚たちの有形無形の恩恵に支えられて進捗するものであるが、本書はその契機、出会いの過程が知られるばかりか、研究推進の土器使用痕観察のワークショップ仲間の存在も欠くことのできない要素となっていることが行論に滲む。さらに看過できないことは、実際に土器製作を生業とする民との触れ合いの数々が本書の要所では民族考古学、文化人類学からの手堅いアプローチとなっている。加えて、同じ考古学者である夫・中村大介さんとの切磋琢磨の議論もおそらく血となり、肉となっていることだろう。
いずれにせよ、彼女の掌中にある土器から社会を見据えた珠玉の考証が初めて連結され、私たちにも広く学知の財産となったことを慶びたい。本書の構成は、以下のとおりである。

序章 土器生産と専業に関する課題
第1章 弥生時代中期の地域色
第2章 弥生時代の土器生産体制
第3章 弥生時代における食事および調理方法の変化
第4章 東アジアからみた弥生土器生産と分業化
終章 器物生産の展開と分業

 序章・終章と骨格をなす4章から成る。節は27を数えるが、そのうち半数近くの13が新作であり、論の体系化のために多くの研究をさらに推し進め、研究の方針設定や小結・結語を加え、本書に収めたようである。コアの博士論文「弥生時代の土器と社会」のテーマが示唆するように、本書は言わば土器とそれを必要とした社会に堅牢な架け橋を渡し、弥生社会から遊離した弥生土器論を良しとしない著者のスタンスが前後の時代・時期を含め貫かれている。
 第1章は、著者が2000年代前半に打ち込んで書いた弥生土器の分析であり、最も地域性が出てくる弥生時代中期に関心を寄せたものである。煮沸具にみられる地域色のレベルを考え、中期の推移の過程でその変遷に広狭が生ずることの意味を探り、地域色発現の本質に迫らんとする。遺跡間の弥生土器の色度や明度の比較研究を頗る有意なものへと誘引しており、それを北部九州と近畿といった大地域間にみられる社会関係の差違にまで昇華させた。土器の形式・器形を超えた凹線文の施文パターンの違いの取り上げ方には、読者により馴染まぬ部分があるかもしれないが、佐原真さん以来、凹線文の属性分析の重要性が指摘され、評者が基層にあるヨコナデ手法の強弱との関係性による弁別を換起したこともあったが、これはその技術・属性分析・地域性の本格的な研究として示したものであり、トレースして次に進むべき研究者の登場が期待されよう。欲を言えば、本人自身にさらに伸ばしてもらいたい基盤研究の分野でもある。
 第2章では、研究の矛先が大きく変化し、土器の生産体制から読み解けた弥生時代社会の理解に努める。これらは2000年代後半に生み出された諸論文から成り、著者の関心の移行を示すとともに、より動態としての土器研究に向かったことがありありと判る諸論から成る。ここでは、専業の度合をどう議論するかが俎上に上る。多くの専門家の関心事であり、苦慮するところだ。製作道具や生産の場が具体性を帯びて見えてこない弥生土器研究のもどかしさは、挑む研究者に共通する課題であるが、通時的な土器生産体制の変化、とりわけ検討の酌外に置かれていた製作に要する時間の問題と真正面から取り組んだ点は高く評価されよう。製作現場での見聞から得た情報は大変貴重なものであるが、生産から流通への流れも含め、そこに前述した専業化の尺度を得ようとした視座が重要だ。現地入りして民族事例の観察を克明に進め、弥生・古墳時代の土器にもフィードバックさせる。時間と空間を超越してそれをやり遂げるノウハウは、長友さんの力量ならではのことと思われる。ここで基本的成形や整形に用いられるタタキ技法へ注がれた熱い視線は、土器製作工程の復元に多くのヒントを齎し、その想定を徹底化させる。次いで果たされた黒斑の再検討は、焼成方法や生産量などへ発展していく研究であり、土器の設置角度などを実証性あるデータに基づき推察し、西日本の土器焼成にみられる地域差、時期差を論ずる。また、土器の規格度や移動量、生産体制などを追求している。
 第3章は、使う側の問題―食事法と調理の問題が取り上げられる。生産・流通は使用と消費の問題を抜きにしては考えられない。必然の章とも言えるが、基礎から食器の分類を行い、調理対象物、用途と不可分な器種の分類を食器組成の問題として具体化を図る。特筆すべきは、土器と木器の関係性に踏み込んだ点である。「木製品をも含めた食器の器種統合」を精製・粗製の品々の分化・仕分け、量産と木取りを絡めての看破となっており、その視点には大いに刺激を受けた。その延長上に、異色な「大型脚付木製品」について多角的に試みた徹底分析がある。漢的な食膳装置、交渉の場、饗宴の場といった性格付けに関しては、有力な仮説として捉えたい。これらを受けた新稿4・5節では、食文化では真髄の調理そのものについて考察を加えている。純弥生的な農耕社会の食事様式が大陸・半島的な食事文化と触れ、どのように変容したか。その探究を目指したものでもある。
 第4章は、2008年以降に著された「楽浪土器からみた交流関係」「朝鮮半島における土器の技術」「原三国時代の生産と流通」の3論文を柱とする。韓国の高麗大学校考古環境研究所、全北大学校人文大学考古文化人類学科在籍時代前後における卓抜な吸収力と問題意識によって書かれたものであり、それを根幹に据えて描かれた東アジアの国際的動向からの視点を展開する。韓国入りした成果は、弥生土器生産体制の変化過程の洞察に鋭く反映しており、この章ではさらに分業の理解へと歩を進める。楽浪土器の器種別分業、大量・集約生産、搬出先といった特質が解明される。総じて朝鮮半島南部原三国時代の土器生産は強い外部影響下にあるが、海を挟む日本列島にはダイレクトに影響を及ぼしたものではなく、窯生産の存否など、その後の窯業史の技術的水準の違いが明瞭である。しかし、著者は敢えて分業の進展度の共通性を重視し、庄内式土器生産地域モデルには、木器や土器に特化した専業生産の出現について自信をもって明示している。
ここに至って、分業化の進展の過程に弥生土器の生産体制を埋め込み、全体像を俯瞰するために、木製容器や石器・青銅器・鉄器にも視野を広げての検討を巧みにまとめ、分業としての土器生産も漢や朝鮮半島との交流を含めた政体そのものの成長、階層化と不可分な関係で社会に置かれることを力説しており、古墳時代前期や中期の歴史的評価を多分に意識しての結語、帰結点を見い出している(終章)。

 この本は、弥生土器の生産問題を基軸に据えたものであるが、そこに踏みとどまらず、裾野の広い調査と研究から、東アジア土器社会史の一角に大きな楔を打ち込んだものと評価され、今後のアジア考古学をグローバルな視野から深化させるための礎に必ずやなる態と内容を備えている。無論、論述でやや物足りなさを抱く点も散見される。
  その第一は、土器の交流圏を都出比呂志さん以来の婚姻圏で理解することになお傾いている点だ。弥生中期の社会を部族制の範疇で考える評者は、氏族の分節集団が部族内で広く動くこともありうることであり、それら出自集団の異なる人々の結集体から成る集落の存在も柔軟に想定するため、移動品や模倣品の歴史的評価も自ずと異なる。リネージ間にも連鎖的な連なりはあったことが予測でき、その複雑な動きは考える方がよい。第二は社会基盤の連続性を弥生時代から古墳時代へと無批判に考えている前提に対する疑義である。少なくとも、弥生中期・後期の間には土器様式の広範な転換が存在しており、社会変化が土器に現れている。青銅器・鉄器の生産体制もこの間に大きく変わっており、タタキ技法の開花と潜伏という反復性にもそれらが反映しているのではなかろうか。第三は生産の規格性を施文原体の方向からも検討して欲しい部分が残っており、製作者個人が取り組んだ土器の種類・個数・部位などの生業内分業に関してはけっして巣窟視することなく、なお課題を残しての発展性が欲せられる。その第四は、日本古代史との擦り合わせであろう。土器の丸底化が完成の域に達する布留式土器は、私の年代観では、台与が中国西晋に朝貢した266年から、倭の五王の一人、讃が通交を再開する413年まで、正史上の大陸交渉が欠史の状況となる時期にほぼ重なる。この謎の4世紀、空白の4世紀こそ、古式土師器の閉鎖性が高まる。この時期の土器生産の内属的な分業化の掌握は、列島外からの土器の影響関係の有無をめぐって、今後の研究課題になるのではないだろうか。
 最後になったが、長友の学問を真に熟知するにはこの本を全読する必要があるし、私は実際時間をかけてそれを行い、自身が抱く多くの疑問点が順次解消し、益することが頗る多かった。なお、主題として取り上げられている近畿地方の弥生後期の使用痕を持つ復元タタキ甕と中国雲南省のタタキ技法の底部丸底工程の写真が表紙を美しく飾っており、本書の追求してきたことを表徴している。10数年の土器研究に区切りを設けて先へと進む長友さんからの意味深いメッセージが込められているように思うのは私だけだろうか。
 著者は現在、大阪大谷大学で教壇に立ち、考古学や文化財学を志す学生をグイグイと牽引する教育者の身であり、学究として将来が嘱望されるが、土器から社会を語れる長友考古学の第二の世代が周囲から誕生することも密かに願っている次第である。

弥生時代 土器生産の展開

著書:長友朋子 著

発行元: 六一書房

出版日:2013/02

価格:¥11,000(税込)

目次

<目次>
序 章 土器生産と専業に関する課題
 第1節 器物生産研究の展開と弥生土器
 第2節 民族学的研究と専業に対する理解
 第3節 研究目的と研究方法
第1章 弥生時代中期の地域色
 第1節 土器にあらわれる地域色の意味
 第2節 煮沸具の地域色
 第3節 装飾からみた地域色と交流関係
 第4節 凹線文による情報伝達からみた山間部と平野部の地域性
 第5節 土器の機能性と象徴性にみる弥生時代中期の地域間関係
第2章 弥生時代の土器生産体制
 第1節 生産体制と専業化への認識
 第2節 土器製作技法の変化
 第3節 焼成方法の変化
 第4節 土器の規格度
 第5節 土器の移動量からみた生産量の変化
 第6節 弥生土器の生産体制の変化と画期
第3章 弥生時代における食事および調理方法の変化
 第1節 土器の使用方法からみた変化
 第2節 食器組成における変化と画期
 第3節 食事様式の変化とその歴史的意義
 第4節 調理方法の変化
 第5節 食器および調理具からみた生活様式の変化
第4章 東アジアからみた弥生土器生産と分業化
 第1節 東アジアにおける土器生産の比較研究の意義
 第2節 土器からみた燕および漢と周辺地域との交流関係
 第3節 朝鮮半島における土器の技術革新と生産体制
 第4節 朝鮮半島湖西地域の分業化過程
 第5節 東アジアからみた弥生土器生産の特質
 第6節 東アジア周辺部における土器生産と分業化
終 章 器物生産の展開と分業
 第1節 弥生土器の生産体制と分業化
 第2節 東アジアにおける土器生産の展開と弥生社会