書評コーナー

第24回 2015.03.27

古代食料獲得の考古学
発行元: 同成社 2014/09 刊行

評者:高木 暢亮 (帝京大学 文学部 史学科)

古代食料獲得の考古学

著書:種石 悠 著

発行元: 同成社

出版日:2014/09

価格:¥7,150(税込)

目次

第1章 日本古代食料獲得研究の意義
 第1節 生業研究のあゆみ
 第2節 生業研究の成果
 第3節 生業の考古学研究の課題
第2章 海面漁撈と古代社会
 第1節 古代大型魚漁の文化・社会的意義
 第2節 律令期東北地方北部の釣漁技術の独自性
第3章 内水面漁撈と古代社会
 第1節 内水面漁撈体系の模式化
 第2節 内水面漁撈の実態と古代社会―関東地方の網漁―
 第3節 古代内水面漁撈の多様性―東北地方の網漁―
 第4節 中央高地の古代網漁と内陸漁撈の独自性
第4章 古代狩猟の実態と民族考古学
 第1節 狩猟体系の模式化
 第2節 狩猟具の民族考古学
 第3節 古墳時代の弓矢猟
第5章 堅果類採集―民俗誌の検討から―
 第1節 古代堅果類利用の研究史
 第2節 堅果類利用習俗の諸事例
 第3節 堅果類利用技術の傾向
第6章 古代食料獲得の歴史的意義
第1節 古代食料獲得史
第2節 古代食料獲得と環境、他生業との相互作用
 第3節 古代食料獲得と社会の動向
 第4節 古代食料獲得の意義の多様化と重層化
 第5節 古代食料獲得研究の課題

古代食料獲得を論じ、食料生産社会の生業研究の重要性を示す一書

 2014年10月に北海道立北方民族博物館学芸員の種石悠氏が『古代食料獲得の考古学』を上梓された。種石氏はこれまでに東日本を中心として弥生時代から平安時代までの狩猟、漁撈および植物採集などの食料獲得活動の研究を精力的に進めてきているが、本書は氏のこれまでの研究が現時点でまとめられたものといってよいであろう。以下本書の構成に沿って書評をおこないたい。

1.日本古代食料獲得研究の意義
 1章では生業研究、民俗学、文献史学、考古学の4つの分野でこれまでの日本における食料獲得の研究について概観している。生業研究の分野では文化人類学や生態学の影響、特に照葉樹林文化論やナラ林文化論などの概要について述べている。民俗学の分野では1960年代から稲作単一文化論への疑問が示され、稲作以外の生業研究が注目されるようになってきたことを指摘している。文献史学の分野では職能民史、生業史、食文化史、家畜史などが関連する研究領域であるが、やはり民俗学と同様生業の多様性への関心と水田中心史観への見直しが進みつつあるとしている。考古学では食料獲得の研究は生業活動研究として進められてきたが、これまでの研究は縄文時代を中心としたものであり、弥生時代以降については研究が進んでいるとは言いがたい状況であると解説している。このように各分野の研究史を概観した上で、特に考古学における食料獲得研究の課題について、弥生時代以降の生業研究を進める必要性があること、またこれまでの研究では弥生時代以降の生業活動については水田稲作に関心が集中する傾向があったが、非農耕的な副次的生業の実態解明と生業体系の全貌を明らかにする必要性があると指摘している。
 著者の指摘するとおり、日本の考古学における生業活動研究は縄文時代以外の時代では活発とはいえない状況にあり、また弥生時代以降の社会では生業活動=農耕という観念も根強いといってよいだろう。これは縄文時代以外の時代では、生業活動研究をおこなううえで貝塚のような恵まれた資料が乏しいという点にも要因があるだろう。しかしながら、農耕民が農耕だけをおこなっていたという概念はもはや古いものとなっており、弥生時代以降の農耕社会の生業活動を水田稲作だけで解釈することはできなくなっている。その点で、著者が指摘する非農耕的な副次的生業活動への注目や副次的生業活動を含めた生業活動全体の解明の必要性は首肯できるものである。

2.海面漁撈と古代社会
 2章では古代社会における海面漁撈について考察されている。まず、日本各地で出土した魚骨から大型魚漁が検討されており、縄文時代は後期に東日本では東北地方と関東地方、西日本では九州地方に大型魚類の出土が集中し、この傾向は弥生時代以降も引き継がれると指摘している。魚種ではサメ類が多く、大型魚類のなかでもサメ類に特別な意味が存在したのではないかとしている。また古代律令期の鉄製釣針についての検討では東北地方に他の地域ではみられない大型釣針が存在することを指摘し、蝦夷のなかに専業的漁撈集団が存在した可能性があると述べている。さらにこの専業的漁撈集団は、船を使った海上輸送や交易にも携わっていた可能性が高いと指摘している。その上で、東北地方における大型釣針の存在は、鉄製釣針という他地域からの文化要素が受容されてはいるが、従来の古代海人論で述べられてきた海人文化がそのまま波及したものではなく、蝦夷側の選択的な受容を示していると解釈している。
 これまでの研究では蝦夷の生業については狩猟に関心が集中し、漁撈活動にはあまり関心が払われてこなかった面があるが、蝦夷内の専業的漁撈集団が律令社会の海人文化の影響を受けつつも独自の漁撈文化を有していたという著者の指摘は重要であり、蝦夷集団の生業活動を狩猟のみでとらえるのではなく複合的な視点が必要であることを示しているといえるだろう。

3.内水面漁撈と古代社会
 3章では土錘を対象として東日本を中心とした地域の内水面漁撈について検討している。関東地方では古墳時代前期に土錘の出土遺跡が増加し、やや遅れて東北地方南部でも土錘が出土する遺跡数が増加する。さらに東北北部では奈良時代前半期に土錘の出土遺跡が増加することから古墳時代から律令期にかけて関東地方から東北北部に網漁の技術が伝播したと指摘し、背景に関東から東北への移住があったのではないかと述べている。それに対して、甲信地方では土錘が出土する遺跡は少なく、ヤスやモリなどによる刺突漁が中心であったと指摘している。このような地域差は、土錘を用いた網漁が水田にともなう副次的な漁撈活動であったため、水田に適した地域とそうではない地域で漁撈方法が異なるものであったためと述べている。古代社会の副次的な生業としての漁撈活動にも地域の環境によってさまざまな形態があり多様性があるということになろう。
 農耕民のおこなう副次的な内水面漁撈活動にも、畑作が中心である地域の漁撈活動と水田が中心となる地域の漁撈活動の間には違いがあることについては、民俗学の分野ではすでに多くの研究の蓄積があり、著者は本章でこのような地域性が古墳時代にまで遡ることを明らかにしたが、水田稲作が日本列島に導入された時期である弥生時代にも同様な地域間での差異が存在したのではないかと考えられる。弥生時代開始期に水田での稲作の技術とセットで水田にともなう副次的漁撈活動の技術も導入された可能性が高いが、一方で縄文時代からの内水面漁撈の体系を引き継いで生業活動に組み込んだケースもあったと考えられ、水田稲作と網漁、水田稲作とウケ漁、畑作とヤナ漁、畑作と刺突漁などさまざまな組み合わせが存在した複雑な様相を呈していたのではないだろうか。また水田そのものを漁場とする水田漁撈を考える際には、起源や技術の伝播を東アジア地域全体で考える必要性を感じた。

4.古代狩猟の実態と民族考古学
 4章では古墳時代の鏃を対象として、狩猟活動について考察がなされている。関東地方では古墳時代中・後期に平根系の鉄鏃が増加する。それに対して同時期の東北地方や甲信地方では骨鏃や石鏃の比率が高いという傾向がみられると指摘する。関東地方における古墳時代中・後期の狩猟用鉄鏃の盛行は集落形成の発展に裏付けられるものであり、農作物を荒らす害獣駆除や動物性タンパク源の獲得の要請などが背景となったとしている。甲信地方は、鉄鏃の比率は低いものの、鉄鏃に占める平根系の割合が高い点は関東地方に類似すると述べている。さらに、東北地方と甲信地方で鉄鏃の出土遺跡数が少ないのは、両地方の古墳時代における集落形成が関東地方ほど活発ではなかったことが原因と考えられるとし、また金属器普及以前の材質で作られた石鏃と骨鏃の割合が関東地方よりも高いことから、古墳時代以前の伝統的な生業形態を継承していた可能性が示唆されるとしている。一方で古墳時代の祭祀遺構から平根系鉄鏃が出土していることや、各地域で非実用的な大形・異形平根系鉄鏃が出土していることから、狩猟用鏃の祭祀・儀礼行為における使用と狩猟用鏃の儀器への変化を物語っているとし、古墳時代における狩猟は副次的あるいはそれ以下のごく小規模な生業とみなされがちであったが、当時大きな社会的役割を果たしていた儀礼・祭祀と関連をもっていたことを示す点で重要であると指摘している。
 本書は冒頭で筆者が述べている通り、関東、東北、甲信地方を中心とした東日本が考察の対象であるため、西日本地域は対象とはなっていないが、西日本も含めた日本列島全域で古墳時代の狩猟活動が生業活動にどのような形で組み込まれていたのか、そして生業活動内での狩猟のもつ役割に東日本と西日本、あるいは西日本の各地域でどのような地域差があったのかなどさまざまな点につながる問題であると思う。

5.堅果類採集
 5章は食料生産社会における堅果類の採集と利用について述べられている。従来の考古学研究では、縄文時代の堅果類の利用については多くの資料と研究が蓄積されており、縄文時代の生業活動の中で堅果類の採集が重要な位置を占めていたことが明らかとなっているが、弥生時代以降の食料生産社会での堅果類利用についてはあまり研究が進んでいるとは言いがたい状況である。著者は東北地方から九州にかけての41集落の民俗誌を取り上げ、堅果類の採集と調理についてまとめている。そこから、堅果類を利用する集落は山間部の集落がほとんどであること、利用目的は農耕だけでは不足する食料を補うことや凶作への備え、冬の日常食といったものであること、対象となる堅果類はトチ・ナラ類・カシ類であること、調理法は粒食・粉食・デンプンを固めるなどの方法であり、粒食や粉食の場合は米やモチに混ぜることがあり、デンプンを固める場合はハチミツや味噌で味付けをすることもあるといったことを指摘している。
 さらに民俗誌を考古資料と比較し参考にする場合注意する点として、古代社会の水田稲作の生産性を考えた時、堅果類は山間部にとどまらず平地の集落においても食料の不足を補う目的や凶作への備えとして利用されたと考えられること、クルミとクリの商品価値の高さから交易と樹種による選択的管理が存在した可能性が高いこと、トチやクリは毎年安定して実を結ぶわけではないため、生業活動における堅果類の利用は単年の単純な季節的周期性ではなくより長期的な生業戦略にもとづくものであった可能性を示すことをあげている。
 弥生時代以降の堅果類の採集と利用が生業活動のなかでどのような位置を占めていたのかに関しては、水田稲作の生産性の問題が大きく絡んでくる。生産性をどの程度に見積もるかによって、堅果類のもつ重要性が変わってくるからである。したがって、弥生時代以降の堅果類利用の形態を考える場合、単に民俗誌を考古資料に当てはめるだけではなく対象とする時代や地域の水田稲作の生産性の復元が不可欠になるのではないかという感想をもった。また、クルミやクリの商品価値の高さからくる樹種による選択的管理の問題は、三内丸山遺跡でのクリ林の管理が注目されているが、弥生時代以降の堅果類の利用を考察する際にも重要な視点となるのではないだろうか。

6.古代食料獲得の歴史的意義
 6章はこれまでの検討をまとめたうえで、古代の食料獲得の歴史的意義について述べているが、そのなかで注目されるのが、第4節の「古代食料獲得の意義の多様化と重層化」であろう。生業活動と環境、あるいは異なる生業活動間での相互作用については、これまでの考古学研究のなかでも意識されていたが、農耕社会における狩猟や漁撈活動は単に食料を獲得するという意義を超え、儀礼などの意義を有していたとの指摘は、弥生時代以降の狩猟・採集活動を考えるうえで重要である。また、農耕社会における狩猟・漁猟活動には儀礼的な意義に加えて「村民の和合(結合紐帯の強化)」や、支配者のおこなった巻狩に「軍事訓練」の性格をみることができ、古代の食料獲得行為は多様な意義をもっていたと述べている。さらに、古代の狩猟や漁撈が食料獲得以外の意義をもつようになった理由として、従来指摘されていた国家形成期の肉食禁忌と水田稲作志向の高まりによる狩猟・漁業の停滞が原因ではないとしている。弥生時代や古墳時代以降も狩猟や漁撈活動が継続していたことは、集落遺跡から土錘や釣針などの漁具、狩猟用鏃が出土することから明らかであるとし、古代の食料獲得は、1.農耕を補完し、動物性タンパク源を得る生業としての意義、2.害獣駆除や集団統合、軍事訓練、社会的威信獲得など生業以外の実用的意義、3.非実用的な儀礼・祭祀的な意義の3つに「重層化」していたと考えるべきであるとしている。

7.本書のもつ意義
 本書はこれまで考古学の分野ではあまり関心が払われてこなかった弥生時代から律令期にかけての狩猟・漁撈活動に焦点をあてたものであり、まずその点で大きな意義があるといえる。そして単に古代における狩猟・漁撈活動を検討したにとどまらず、食料獲得の意義が古代社会で多様化・重層化したとの指摘は重要である。課題としては、著者が最後に述べていることでもあるが、食料獲得行為の儀礼的意味の歴史的変化についてのさらなる考察があげられるであろう。著者の指摘する食料獲得行為の意義の重層化においても狩猟・漁撈活動のもつ非実用的な儀礼・祭祀的な側面があげられているが、弥生時代以前の旧石器時代や縄文時代にも狩猟や漁撈活動における儀礼・祭祀的な意義は存在しており、弥生時以降の儀礼・祭祀的な意義とどのような差異があるのか、あるいはどのような連続性があるのかについて、今後のさらなる研究の深化が期待されるところである。

古代食料獲得の考古学

著書:種石 悠 著

発行元: 同成社

出版日:2014/09

価格:¥7,150(税込)

目次

第1章 日本古代食料獲得研究の意義
 第1節 生業研究のあゆみ
 第2節 生業研究の成果
 第3節 生業の考古学研究の課題
第2章 海面漁撈と古代社会
 第1節 古代大型魚漁の文化・社会的意義
 第2節 律令期東北地方北部の釣漁技術の独自性
第3章 内水面漁撈と古代社会
 第1節 内水面漁撈体系の模式化
 第2節 内水面漁撈の実態と古代社会―関東地方の網漁―
 第3節 古代内水面漁撈の多様性―東北地方の網漁―
 第4節 中央高地の古代網漁と内陸漁撈の独自性
第4章 古代狩猟の実態と民族考古学
 第1節 狩猟体系の模式化
 第2節 狩猟具の民族考古学
 第3節 古墳時代の弓矢猟
第5章 堅果類採集―民俗誌の検討から―
 第1節 古代堅果類利用の研究史
 第2節 堅果類利用習俗の諸事例
 第3節 堅果類利用技術の傾向
第6章 古代食料獲得の歴史的意義
第1節 古代食料獲得史
第2節 古代食料獲得と環境、他生業との相互作用
 第3節 古代食料獲得と社会の動向
 第4節 古代食料獲得の意義の多様化と重層化
 第5節 古代食料獲得研究の課題