第26回 2015.05.12
石垣整備のてびき発行元: 同成社 2015/01 刊行
評者:和田 行雄 (文化財石垣保存技術協議会)
石垣整備のてびき
著書:文化庁文化財部記念物課 監修
発行元: 同成社
出版日:2015/01
価格:¥5,500(税込)
目次第1章 本書の目的・内容及び作成の背景・経緯
第2章 石垣の復旧(修理)の歴史
第3章 石垣に関する基礎知岸
第4章 石垣の本質的価値
第5章 石垣整備の理念及び計画・設計の原則と方向性
第6章 石垣の管理
第7章 石垣の復旧(修理)
第8章 解体修理
その他、石垣に関するコラム14本収録。
1.石垣の活用事例/2.近世における多様な石垣修理/3.樹木の影響とその管理/4.自然災害による石垣の変形と崩壊/5.琉球のグスクの石垣/6.破却・非復元・歴史的景観に配慮した復旧(修理)の方針/7.石垣変位計測の種類と留意点/8.石垣の安定性評価の現状と課題/9.詰め石による復旧(修理)の事例と留意点/10. 石垣の復旧(修理)・補強の事例と留意点/11.崩壊した石垣の復旧/12.石垣解体時の工学的調査/13.解体調査で知る石垣の構造と履歴/14.石垣復元勾配の検討
城郭・石垣などすべての石製建造物の知識と整備のために
最近石垣の修復工事が多く行われるようになっています。私が石垣の修復工事に関わりだしてからだいぶん年月が経ちましたが、最初の頃は城郭の石積というものが、どんなものかという事さえ分からず、元請けの現場監督と父親と少し器用な石工職人数人とが手探り状態で行っていました。今ではとても考えられないような失敗もあったようです。監督の少しの経験と知識そして石工としての経験だけが頼りだったようです。とても文化財の修復というような意識はなかったようですが、それでも昔の人が残してくれた貴重なもので、できるだけ元のように、そして積み直すのだから今度は変形しないようにという気持ちで工事を行っていた様です。わたしの代になってからも似たようなもので、修復技術の継承も殆どなくただ少しずつ修復工事についての情報は増えていったようです。
今回、「石垣整備のてびき」が公刊され石垣整備に関わる基本的な事柄をまとめて頂きました。修復工事に関わるものとしては、大変参考になるとともに、助けになる思いです。
広く一般的に行われている工事についてはある程度発注者側も、工事する側も、どの程度の工事内容が必要かとか検査の基準とかいうのは判断できるのですが、石積というような特に意匠に関わるものは、発注者の意向と職人の思いとは、概して違うものです。ましてその石工が関わる、石垣の整備工事は、その内容が、広範にわたり、またとても深く難しいものです。職人の思う良い仕事と、石垣整備の良い仕事とは、ずれがあるのです。工事に関わっていると少しずつ理解してくると思うのですが、できるだけ早くそのずれをなくすためにもこのてびきを読むことは大変意味があります。
石垣の修理工事は殆どの場合、公共工事ですから、競争での入札で施工者が決まるのが普通です。どの程度の内容が必要かという事を仕様書であらわし尽くすというのは無理があります。現場によっても違いがあり、最低限これ位は必要だという共通の認識がなくては公平な競争にはなりません。工事に参加する時には、あまり経験のない人にもその内容は知っていて欲しいものです。そういう意味でも手引書は早く待ち望んでいたものです。
工事をしていると少し迷うことがあります。新石材で加工して合わせると旧石材で加工するより何倍も手間がかかってしまう。思わず旧材で合わせたくなります。せっかく積み直すのだから、逆石や四ツ目は直しておきたい。修復後の出来具合を考えるともう少し解体範囲を拡げたいなどです。また石垣の修理にどうしてこれだけ多くの調査が必要なのかと思うこともありました。そういう時にこのてびきを読みなおしてみてはどうでしょうか。石垣の価値とは何かと改めて考えた時言葉にしにくかったのですが、このてびきでは歴史の証拠と安定した構造体としての価値と言い表しています。当初は何かわかりづらいものでしたが、よく考えていくとなるほどと思えるようになってきます。迷いが出た時この石垣の本質的価値を損なわない方法を改めて考えるというのはどうでしょうか。旧材の加工にも慎重になるし、積直しの際の石積に対する意識が違ってくると思います。
石工としては第7章、第8章の(修理)のところが一番かかわりのあるところです、またこのてびきでもかなりのページを割いて貰っています。文化財石垣保存技術協議会ができ技能者間の横のつながりもかなりできてきましたが、それでも他の現場でどのような修理工事をしているのかは、なかなかわからないものです。解体修理の各段階での意義と作業の内容が詳しく説明されていて個々の現場で何をしなければならないのか、どの様な方法があるのか、大変参考になります。また石工として修理の各段階での果たすべき役割について書かれています。基本設計の段階では、石垣の特質、想定される破損原因について意見を述べる事など、実施設計の段階では石材交換の必要性、新石材の適正の判断、準備の段階での基準勾配及び設置個所の確認、解体の過程での遺構に関する所見を述べる事、積み直しの際に要求される旧石材の位置関係についての技能見識などですが、どれも責任の重い難しい役割です。しかし修理の出来、不出来に大変影響のある事柄です。各々の石工の技能に関わることなので、この役割を果たすには普段から、個々の現場で技能の研鑚をしておく必要があります。また技能者間での共通の理解なども必要だと思います。
第1章から第3章まではこの石垣整備のてびきを読む石工として知っていたほうがよい内容ですし、コラムの写真も含め、ここ数年の各地の現場での写真も多く載せられています。なかなか他でやっている工事中や解体調査中の現場の写真や図面などは見る事が少ないので、自分の所の現場と比較しながら興味をもって写真を見ることができます。
一時、修復のとき、根石は絶対触らない方が良いと考えていた時期がありました。動かしてしまうと文化財としての石垣の最後の痕跡までなくしてしまうのではないか、また折角長年かかって締まってきた根石を緩めてしまうぐらいなら根石の変位はそのままにしてでも築石を積み上げたほうが良いのではないかと思っていたのです。ほとんどの場合は今でもそう言えると思うのですが、根石の取り扱いついても触らざるを得ない場合も含めて、このてびきで整理されているので、判断の基準になると思います。他にも新石材の調達や加工、裏込めの材料や工法、盛土の復旧についてなどの考え方も整理できるように思います。今まで感じていた工事での迷いや不安が軽減される思いです。少なくとも現時点でのやるべきこと、やってはいけないことについては網羅されていると思います。あとは、各工事で各々の石工がこの基準に基づきどのように判断し、石垣整備における石工の役割部分を果たせるかにかかってくるのだろうと思います。
石積の修復をしていて築造当時の石積についてわからないことがたくさんあります。石の選別や運搬方法、勾配の緩い石垣下部の隅角部の石の積み方、水面下の胴木の据え方や根石の据え方、その時の排水処理の方法などです。もしわかるものなら、折角解体してまで修理をするのだから、出来るだけの情報は残しておくべきです。このような築造に関わる技術も歴史の証拠として伝える必要があります。どんな情報がいるのかについても、日頃から考えておくようにしてはいかがでしょうか。
あくまでもこのてびきの内容は現在での標準なので、変わっていくものだと思います。例えば以前は石番を石材の表面に水性ペイントで書くのが普通でしたが、今では考えられないことです。現在メッシュの設置は墨で書くのが普通ですし、石番も見えないところにですが、墨汁で書く事が多いようです。しかし直接旧石材に書くというのはどうかと言う話も聞きます。技術の進歩とともに修理の方法も変わっていかなければなりません。何らかの工夫をしながら、修復の技術も進化させながら継承していくのも石工の役割だと思います。
石垣の整備とは石垣の保存と活用を意味します。保存とは石垣の本質的価値を後世に伝えていくことで、そのためには修理が必要な場合もあります。そして修理する場合に、必要とされる石垣の築造技術の継承と修復技術の継承は石垣の活用の一部をなすものではないでしょうか。その場合の一助としてもこの「石垣整備のてびき」を役立てたいと思います。
石垣整備のてびき
著書:文化庁文化財部記念物課 監修
発行元: 同成社
出版日:2015/01
価格:¥5,500(税込)
目次第1章 本書の目的・内容及び作成の背景・経緯
第2章 石垣の復旧(修理)の歴史
第3章 石垣に関する基礎知岸
第4章 石垣の本質的価値
第5章 石垣整備の理念及び計画・設計の原則と方向性
第6章 石垣の管理
第7章 石垣の復旧(修理)
第8章 解体修理
その他、石垣に関するコラム14本収録。
1.石垣の活用事例/2.近世における多様な石垣修理/3.樹木の影響とその管理/4.自然災害による石垣の変形と崩壊/5.琉球のグスクの石垣/6.破却・非復元・歴史的景観に配慮した復旧(修理)の方針/7.石垣変位計測の種類と留意点/8.石垣の安定性評価の現状と課題/9.詰め石による復旧(修理)の事例と留意点/10. 石垣の復旧(修理)・補強の事例と留意点/11.崩壊した石垣の復旧/12.石垣解体時の工学的調査/13.解体調査で知る石垣の構造と履歴/14.石垣復元勾配の検討