第78回 2023.12.25
Global Social Archaeologies: Making a Difference in a World of Strangers発行元: Routledge 2019/01 刊行
評者:徳富孔一 (野良考古学研究所)
Global Social Archaeologies: Making a Difference in a World of Strangers
著書:Koji Mizoguchi and Claire Smith
発行元: Routledge
出版日:2019/01
価格:¥2,860(税込)
目次Introduction
1 What Is Archaeology, and Why Social Archaeology?
2 From Archaeology to Archaeologies
3 The Panorama of Social Archaeologies
4 Materiality, Memory, and Monument
5 The Role of Kofun Tumuli in Japanese Nation Building
6 Archaeology and Indigenous People
7 Archaeologies of Contemporary Worlds
8 The Emergence of Engaged Archaeology
9 Archaeology, Social Justice, and Human Rights
考古学を行う者の責任を自覚させる心得書
「考古学とは、過去における社会的実践の形跡を用い、それについて意識的に言及することで行われる現在時における社会的実践である。私たちが現在時と過去の社会を接続し、そこから真面目に重要性を把握するなら、現在時における過去についての伝え方が、過去を語り合う相手の生活にどのような影響を与えてしまうのかについて、私たちは理解(あるいは少なくとも想像)しなければならない。」(p.2 評者訳)
本書は、上記のように、考古学がまず以て社会的実践であることを説き、そして考古学研究者が、何かしらの過去について現代社会で言及する場合に生じる影響をとても敏感に察し、ある意味、そこに危険性さえも生じてしまうことを危惧して、考古学的研究を行っている者に自戒を促し、これから考古学的研究を行おうとする者に責任を有することを求める、そうした考古学に向き合うための心得書である。
以下、本書の内容について、概略的に触れると、まず、序章にて、本書の主眼や用語・表記法などについて述べられる。特に本書は各章尾にBoxed Textが付けられており、そこで世界各地の考古学的な「声」が届けられる。第1章では、考古学の対象とする過去についての問いとそれに対するアプローチ及びその選択と責任などについて言及される。考古学的な選択については、現在の文化・社会・経済・政治環境に影響され、それらに相互依存したより幅広いムードや好みに左右される。そうした選択が意図しない結果をもたらすため、その予期や準備を社会や公共のために行う責任が生じると述べられる。
次に、第2章では、考古学の今日形への道程や考古学と社会のつながり、そしてそうした背景にある近代後期のシステム論・構造主義・解釈主義が取り上げられる。第3章では、社会考古学の全景を捉えるために、社会、コミュニケーション、社会変化の基礎理論や革新について言及される。第4章では、歴史記憶の物質性や集約的及び対抗的記憶について述べ、文化遺産が消されることにも触れられる。特に、負の歴史的遺産を歴史的な記憶装置として転換させることの重要性が説かれる。
次に、第5章では、大日本帝国建設における天皇陵の役割を事例とし、考古学と社会が自己決定的であることの必要性について言及される。この第5章については、Mizoguchi(2013)と同様である。第6章では、先住民考古学の定義や実践について述べられ、帝国主義的考古学を脱する必要性や先住民と西洋世界の差異を認める必要性に触れられる。先住民考古学は、先住民の価値観・知識・行動・道徳原理・感受性を集約的かつ共同体起源・共同体方向性にて、先住民についての考古学をするのではなく、先住民のために、先住民と一緒に、「with, for, by」の精神で考古学を行うことを重要視される。
次に、第7章では、現代世界と考古学について、アイデンティティや暴力、人権といったトピックや災害考古学、宇宙考古学といった考古学の広がりについて述べられる。第8章では、パブリック考古学や文化遺産マネジメント、共同体考古学や活動家考古学など積極的に社会に関与していく考古学について取り上げられる。ポスト・プロセス考古学は、考古学的行為の脱植民地化をよりあからさまに促し、博物館の概念・文化遺産・人権・社会政治活動・教育を通じた行動・運動保護や固定観念的先住民に過去と考古学の役割を説くことなどの活動が含まれるとされる。特に経済発展おける、先住民や地元民の遺産権は重要とされる。考古学研究者は、遺跡や遺物の管理責任における唯一基本の存在であり、社会・政治的関心の最前線に立っていることは自覚が必要と促される。最後に、第9章は、本書のまとめであり、考古学・社会正義・人権について総括され、社会考古学が温故知新の精神で未来の賢い選択に繋がるものとして締め括られる。
それではまず、後述の好評点に繋げるために、本書に対する批判点から述べるが、本書の内容は多岐に及ぶため、ここでは本書の背景的なものについて言及する。
本書は世界の社会考古学について述べたものであるため、事例とされる世界の地域は多岐に及ぶ。だが、本書の特徴であるBoxed Textで届けられた「声」の故地と本文で取り扱われる地域を見ると、やはり英書であるためか、それらの事例は西洋的な関心事に限定されるきらいがあり、そうした中における日本の事例も広がりに欠けるところがある。例えば、本書の中であっさりと良い事例として日本の埋蔵文化財保護行政が挙げられるが、埋蔵文化財保護行政が抱える問題などについて、世界に発信できるものがあったように思える。
また、本書は、世界の多様性を訴え、理解し行動することを促すものであるが、その根源的なところに関する言及は薄い。例えば、考古学が、帝国主義の時代に外国で何を行って来たかに関して触れることは少ない。そういう意味では、本書の企図とは反し、各地に脱植民地化を促す一方、世界の考古学が未だに「帝国のヴェール(Veils of Empire)」(荒木・福本(編著)2021)を纏っている現実が顕わになる。日本の事例でも、国内のアイヌ民族に対することは1つの先住民に対する帝国主義の表れだが(一方で、琉球民族に対することは言及がない)、大日本帝国が国外的に「考古学的に」中国や朝鮮半島で行った事柄については本書で言及がない。もちろん、西洋列強が世界各地で行ったことに関しても記述がないが、世界各地に脱植民地的考古学を訴えるには、帝国主義側の「考古学的」行為に触れないという姿勢は問題となる。
そのような観点で本書見ると、先住民考古学がオーストラリア(アボリジニ)とアメリカ(ネイティブ)の中で大きく議論されており、その他の地域における先住民考古学は、一部、日本人とアイヌ民族という事例は登場せよ、やはり西洋人と先住民の関係で捉えられていないためか、議論の俎上に上がらないところがある。つまり、先住民考古学も西洋的な関心事(人類学)から派生した啓蒙主義に近い様相を呈してしまっている。
このように、考古学が展開していく近現代が、西洋を中心とした世界観である以上、現代の社会問題に積極的に関与していく姿勢の社会考古学にも、「帝国のヴェール(Veils of Empire)」(前掲)を纏わり付いているのかもしれない。未だに、日本でもそうした欧米追従の考古学的姿勢が存在していることは否めず、少なくとも、その構造は脱亜入欧的なままであり、アジア主義的ではない。
また、本書で登場する文化遺産破壊行為や文化財・文化遺産論も、西洋的な側面からの主張が強い傾向がある。例えば、文化遺産破壊行為に関しても、歴史的には先の時代のモニュメントを破壊することが次の時代へを拓くイベントでもあり、それに関しては、韓国で朝鮮総督府庁舎の撤去が行われたことが記憶に新しく、「負の文化財」を遺すべきだと外から一方的に主張するのは難しい在地の論理がある。
さらに、文化財論に関しても、本書では触れられていない文化財返還問題は、これからのトピックとして大きく存在する。それはまさしく、帝国主義側が略奪してきた文化財に及ぶことは必至であり、日本で保管されている中国や朝鮮半島の文物も大学に保管されている地元から離れた考古資料も他人事とは言えない(実際に地元に返還が行われた事例もある)。
従って、帝国主義的考古学の系譜を引き、未だに「帝国のヴェール(Veils of Empire)」(前掲)を纏ったまま、考古学が社会に積極的に関与していくことは、啓蒙主義的な側面が強いため、考古学的過去における自省を踏まえた社会考古学的活動がその基盤的活動となることは言を俟たない。本書には、その過去における帝国主義的考古学に対する自省に踏み込んだ内容がなかったのが残念である。その点が本書を通じて、本書の背景的なものに対して感じた批判点である。
一方、好評点は、やはり複数形の“Archaeologies”という理念にある。それは、少なくとも多様で在地的な文脈を反映させた“Archaeologies”を認めていこうというものであり、多様な社会・多様な考古学という現実理解を主眼としている。単一の“Archaeology”を是とせず、在地の文脈を反映した考古学を認めていこうという姿勢は、21世紀の多様性の時代と親和性が高く、評価される。この好評点は、一見、批判点と矛盾するようだが、非西洋的な“Archaeologies”をも多分に認めていこうという姿勢が反映されており、そのことは差異に価値を見出したジル・ドゥルーズ(平井(訳)1989)のように、異なることにこそ価値を認める近代を超克し得る展望であり、この姿勢こそが考古学研究者の心得ともなる。先に述べた批判点は、「帝国のヴェール(Veils of Empire)」(前掲)を纏っている主体が、啓蒙主義的姿勢を取ってしまうことであり、そのことと多様な“Archaeologies”を認めていこうという姿勢は、領域的な広がりを異にする。そのことを踏まえれば、日本考古学に特有な「型式論に特化した考古学」も世界の“Archaeologies”の1つとして、頭ごなしに否定されるものではなく、恥じることなく独自色として世界に認められる可能性を有する。
そしてそうした時、日本考古学も単一の“Japanese Archaeology”ではなく、複数形の“Japanese Archaeologies”として捉えなおすことが重要となってくる。確かに、全国統一基準も理がないわけではない。だが、文化財は郷土(領域は任意)のものである以上、やはりそこには郷土の脈絡が発生する。考古学的方法論1つを取っても、地域色が存在するのが現実である。従って、郷土や地域の脈絡を主体とした“Japanese Archaeologies”も今後積極的に認めていくべきローカルな課題である。溝口孝司氏には、そうした日本国内的な“Archaeologies”に関する発言も今後積極的に行っていただきたく思う。そのことが、日本全国に存在するローカルな研究会活動の後押しともなるのは言を俟たない。
本書が投げかける問題は、非常に多岐に及ぶ。むしろ、そうした問題に積極的に意識的に関与していくように考古学研究者をけしかけることが主眼だと感じる。考古学(系譜学)的思考を用いた他分野の研究は、ミシェル・フーコー以降盛んになっており、昨今では、経済的な格差の問題に関しても、人類の出アフリカ段階から論じられている(ガロー(柴田(監訳)/森内(訳))2022)。そのため、考古学(系譜学)的思考が社会的に関与していく構図は、旧世紀来、強まっている。
しかしながら、日本では、考古学が社会変革に寄与するというと、暑苦しく思われるきらいがある。そういう意味では、日本の考古学は道楽的・趣味的なのかも知れない。確かに、考古学を続けていくには「好き」という感情は大切であるが、同時に、考古学を行う「責任」も発生する。本書で触れられる考古学における選択と責任は、暑苦しく、歴史家の天命のようなものだが、考古学的行為が社会や公共と結びついているため、その「好き」という感情の背景にある社会・経済・政治状況も勘案し、考古学を行っていく責任がある。そうした考古学研究を行う者への自戒と責任を心得させるのが本書である。
以上、本書の細部ではなく、総体的な背景から評した。本書は、日本では英書のために多く読まれていないのが現状である。だが、世界の潮流にも触れながら、“Archaeologies”を日本人考古学研究者自身も考えていく必要があり、そのような作業を一部の限られた研究者に任せるような姿勢は、分断を生み出してしまうだけである。そういう意味でも、日本国内でも本書が広く読まれ、評しなかった細部についての議論も活発に行われることを切に願うが、溝口氏自身が、溝口(2022)に引き続く形で、日本国内的に訴えることも願う次第である。
参考文献
荒木和華子・福本圭介(編著)2021『帝国のヴェール:人種・ジェンダー・ポストコロニアリズムから解く世界』明石書店
ガロー,オデット(柴田裕之(監訳)/森内薫(訳))2022(2022)『格差の起源:なぜ人類は繫栄し、不平等が生まれたのか』NHK出版
ドゥルーズ,ジル(平井啓之(訳・解題))1989(1956)『差異について』青土社
Mizoguchi, Koji. 2013. THE ARCHEOLOGY OF JAPAN: From the Earliest Rice Farming Villages to the Rise of the State. Cambridge University Press.
溝口孝司2022『社会考古学講義:コミュニケーションを分析最小基本単位とする考古学の再編』同成社
Global Social Archaeologies: Making a Difference in a World of Strangers
著書:Koji Mizoguchi and Claire Smith
発行元: Routledge
出版日:2019/01
価格:¥2,860(税込)
目次Introduction
1 What Is Archaeology, and Why Social Archaeology?
2 From Archaeology to Archaeologies
3 The Panorama of Social Archaeologies
4 Materiality, Memory, and Monument
5 The Role of Kofun Tumuli in Japanese Nation Building
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8 The Emergence of Engaged Archaeology
9 Archaeology, Social Justice, and Human Rights
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