書評コーナー

第1回 2013.07.16

後期旧石器時代前半期石器群の研究:南関東武蔵野台地からの展望
発行元: 六一書房 2012/12 刊行

評者:岩瀬 彬 (首都大学東京 都市教養学部 助教)

後期旧石器時代前半期石器群の研究:南関東武蔵野台地からの展望

著書:山岡拓也 著

発行元: 六一書房

出版日:2012/12

価格:¥11,000(税込)

目次

序論
第I部 研究史
第1章 日本列島における後期旧石器時代前半期の先行研究
第2章 武蔵野台地における先行研究
第3章 先行研究の研究方法をめぐる諸問題
第II部 本研究の視点と事例研究
第4章 先史狩猟採集民の道具資源利用と石器形態研究との関わり
第5章 後期旧石器時代前半期における遺跡間での石器製作の特質
第6章 後期旧石器時代前半期の石器素材利用形態をめぐる資料の検討
第7章 後期旧石器時代前半期における石器素材利用形態の変遷過程とその意味
結論

本書は 
2009年3月に東京都立大学大学院人文科学研究科へ提出された著者の博士学位論文「後期旧石器時代前半期における石器素材利用形態の研究」が改題,加筆修正されたものである.本書は,解剖学的現代人の出現と拡散をめぐる近年の議論を参照しつつ,日本列島の後期旧石器時代初頭における現代的行動の特質を明らかにすることを目的として,およそ4万年前から2.9万年前の間に南関東の武蔵野台地に残された後期旧石器時代前半期の石器資料を対象とした分析を実施している.そして約1万年間にわたって石器の素材となる岩石の管理と消費,使用のあり方(本書のいう石器素材利用形態)がどのように変遷し,またその特性と変遷の背景がどのようなものであるのかを考察している.本書の概要を簡単に紹介したい.
まず序論では,
解剖学的現代人の出現と拡散に関する近年の研究動向と,そうした研究と歩調を合わせた研究を日本列島の後期旧石器時代前半期をめぐる研究において実施する必要性が述べられている.
つづく第I部では, 
本書の前提となる先行研究の現状と課題を整理している.第1章では,後期旧石器時代前半期の年代や古環境に関する研究を概述し,また前半期石器群をめぐる研究の現状と本書の目的が述べられている.これまで主要な論点であった「器種」の変遷過程や石器製作技術の発達という説明に代わり,石器素材利用形態という観点から改めて分析を行うことが述べられる.第2章では,研究対象地域である武蔵野台地の形成過程と,編年研究の手掛かりとなる立川ローム層の指標層の年代を整理することに加え,武蔵野台地で展開された前半期石器群をめぐる研究の主な論点である編年研究の現状がまとめられている.以上の先行研究の整理を踏まえ,第3章では分析資料の単位の設定方法や層位編年研究,そして石器の形態研究に関する今日的な課題が整理されている.
第II部では, 
本書が依拠する分析の枠組みや研究の視点が述べられるとともに,具体的な事例分析とその結果に基づいた後期旧石器時代前半期における石器素材利用形態の変遷過程およびその特性が明らかにされている.まず第4章では,人類生態系アプローチの枠組みや,現生あるいは極めて近い過去の狩猟採集民の道具資源利用に関する研究,そしてBinfordをはじめとする技術的組織に関する研究を参照しつつ,旧石器時代における遊動型狩猟採集民が利用したと考えられる道具資源の利用モデルを提示し,道具資源を「岩石資源」,「動物資源」,「植物資源」に大まかに区分した.そして各種の道具資源が組み合わさることで,様々な技術適応戦略に関わる管理的性格の程度の高い道具が製作されていた可能性を指摘した.第5章では,後期旧石器時代前半期の一部(立川ロームVII層〜IX層上部から出土した石器群)を対象として,遺跡間での剥片剥離の継続方法や定形石器の製作方法,利用される岩石の種類の関係性が予備的に検討されている.この結果を踏まえ,後期旧石器時代前半期における石器素材利用形態の特性を理解する上で重要となる4つの検討課題:1)岩石の種類など石器素材の選択,2)石器素材の選択と剥片剥離技術の関わり,3)石器素材の選択や剥片剥離技術と定形石器製作の関わりと,定形石器の構成と割合,4)斧形石器の組成,が導出されている.第6章では,後期旧石器時代前半期全体(本書におけるI期からIII期)を対象として,上記4つの課題が検討され,各期の石器素材利用形態の特徴が示されている.それによれば,まずIII期では黒曜石などの良質な岩石の利用の割合が高く,石刃や縦長剥片などの規格的な剥片剥離が多く認められる.これに対しI期やII期では良質な岩石の割合は低く,規格的な剥片剥離を示す資料に乏しい.またI期からIII期にかけて石器群に占める定形石器の割合が上昇することが示された.そして斧形石器はI期に顕著に認められるものの,II期やIII期では極めて乏しいことが指摘されている.第7章では,本書の成果とこれまでの先行研究との差異を示すとともに,I期からIII期への石器素材利用形態の変遷過程の背景を,第5章の道具資源利用モデルを用いて説明している.すなわちI期からIII期にかけて変化する,良質な岩石や規格的な剥片剥離と結びついた定形石器製作の割合の差や,斧形石器の有無といった石器素材利用形態の差は,環境の変化に応じて利用される道具資源(「岩石資源」,「動物資源」,「植物資源」)のバランスが変化した可能性や,石器素材がその他の道具資源と組み合わされる程度が変化した可能性,そして資源を利用するための技術全体の仕組みが変化したことを反映している可能性が指摘された.またI期に認められる石器素材利用形態の特徴(定形石器の少なさや斧形石器の存在など)は,解剖学的現代人が出現・拡散した初期の頃における技術的多様性を考える上で極めて重要であることが指摘されている.
以上の成果を踏まえ結論では, 
本書のまとめに加え,今後の3つの研究課題が挙げられている.1つめの課題は人類の具体的な活動を復元するために,石器資料が残された個別の技術的なコンテクストを明らかにすること,2つめは石器群変遷と環境変遷の対応関係を解明するために,石器群に伴う確実な年代測定値を蓄積すること,3つめは石器群が残された当時の人類生態系を復元するために,気候・動物・植物・景観に関する情報を包含した遺跡を調査すること,とされる.
書評のまとめ 
 多様な論点を含む本書を簡潔にまとめることは難しいが,評者が注目した幾つかの点を最後に列挙して,書評のまとめとしたい.まず本書は,後期旧石器時代前半期における石器群の変遷を,岩石を利用するあり方の転換として説明し,またその背景に,利用される道具資源のバランスの変化や,資源を利用するための技術全体の仕組みが変化していた可能性を指摘した.先行研究とは異なる説明方法を示したといえる.また武蔵野台地の後期旧石器時代前半期という地域的・時間的に限定された資料を用いつつも,本書の中で示された旧石器時代の道具資源利用モデルは,この時期の資料分析に限られない通時的に適応可能なモデルといえる.先史狩猟採集民によって利用される道具資源のバランスは常に一定ではなく,集団の適応する環境に応じて相当に変化しうる可能性を指摘した点で重要であると考える.また石器の形態研究をめぐる諸問題を踏まえ,形態研究の原則として,1)形態分類の目的,2)形態分類の定義,3)形態分類と関連する事象を示すことが重要であると指摘している.この指摘もまた,前半期の研究に限らずあらゆる考古資料の分析にとって重要なものといえるだろう.
本書は,後期旧石器時代前半期に関する研究だけでなく,石器分析の際に踏まえておくべき原則や,石器分析からどのようなことを議論することができるのか,またその意義をどのように説明するのかを考える上で,多くの示唆を与える著書といえるだろう.

後期旧石器時代前半期石器群の研究:南関東武蔵野台地からの展望

著書:山岡拓也 著

発行元: 六一書房

出版日:2012/12

価格:¥11,000(税込)

目次

序論
第I部 研究史
第1章 日本列島における後期旧石器時代前半期の先行研究
第2章 武蔵野台地における先行研究
第3章 先行研究の研究方法をめぐる諸問題
第II部 本研究の視点と事例研究
第4章 先史狩猟採集民の道具資源利用と石器形態研究との関わり
第5章 後期旧石器時代前半期における遺跡間での石器製作の特質
第6章 後期旧石器時代前半期の石器素材利用形態をめぐる資料の検討
第7章 後期旧石器時代前半期における石器素材利用形態の変遷過程とその意味
結論