書評コーナー

第6回 2013.09.13

墓の社会的機能の考古学
発行元: 同成社 2013/03 刊行

評者:奈良 貴史 (新潟医療福祉大学 医療技術学部 教授)

墓の社会的機能の考古学

著書:青野友哉 著

発行元: 同成社

出版日:2013/03

価格:¥9,900(税込)

目次

序章 合葬墓の研究史と本研究の目的
 墓の社会的機能への視点
 合葬墓研究における方法論
 埋葬行為復元のための方法論の確立
第?部 埋葬行為復元のための考古学・人類学的方法論の確立
第1章 出土人骨を用いた検証方法の構築
 充填環境・空隙環境・部分的空隙環境
 土層断面観察の重要性
第2章 近世アイヌ墓における実例検証
 有珠4遺跡の近世アイヌ墓と調査方法
 人骨・遺物による埋葬環境の判断
 土層断面による検証と埋葬環境別の割合
第3章 弥生時代木棺墓における実例検証
 堀部第1遺跡・古浦遺跡・土井ケ浜遺跡の出土人骨
 埋葬環境の時間的変化の理解
第4章 縄文中・後期における実例検証
 北村遺跡の出土人骨
 充填環境下での骨の移動の理解
 人骨による環境判断の方法論的妥当性
第5章 装着遺物を用いた検証方法の構築
 環境別の遺物出土状況と方法の提示
 縄文後期単葬・単独葬墓による方法論の検証
 合葬墓への適用と解釈
第?部 縄文後期から続縄文期における墓の社会的機能
第6章 墓の上部構造の変化
 墓の上部構造 墓標と墓標的機能の整理
 縄文後期末〜晩期初頭の墓の上部構造 恵庭市カリンバ遺跡
 縄文晩期の墓における変化 余市町大川遺跡・木古内町札苅遺跡
 続縄文期の墓における変化と「南川型葬法」
 墓の上部構造と社会的機能の変化
第7章 墓の下部構造の種類
 木棺・木槨構造を持つ墓
 坑底ピットを持つ墓
第8章 カリンバ型合葬墓
 遺物出土状況から判明した「カリンバ型合葬墓」の構造
 「カリンバ型合葬墓」の埋葬行為復元
 漆塗り櫛の型式変化と合葬墓の構築順序
 「カリンバ型合葬墓」の特徴
 カリンバ型合葬墓の成立過程と以後の展開
第9章 墓の社会的機能
 縄文後期から続縄文期の埋葬行為
 カリンバ型合葬墓の社会的機能

人類学的・考古学的見地から具体的に提起する墓制究明の新視点

 意欲的な本である。縄文時代の墓制に関する論文は数えきれないほど発表されているが、これまで顧みられなかった視点から縄文社会に新たな切り口を加えた。著者は、縄文時代における墓の社会的機能を解明することを目的とすると序章で述べ、そのために本書の構成を2つに分けている。第1部「埋葬行為復元のための考古学・人類学的方法論の確立」と第2部「縄文後期から続縄文期における墓の社会的機能」である。第1部で方法論の説明と妥当性を検証し、第2部で本書の題名となっている墓の社会的機能に迫っている。

 章立ては以下の構成となっている。
序章 合葬墓の研究史と本研究の目的
第1部 埋葬行為復元のための考古学・人類学的方法論の確立
 第1章 出土人骨を用いた検証方法の構築
 第2章 近世アイヌ墓における実例検証
 第3章 弥生時代木棺墓における実例検証
 第4章 縄文中・後期における実例検証
 第5章 装着遺物を用いた検証方法の構築
第2部
 第6章 墓の上部構造の変化
 第7章 墓の下部構造の種類
 第8章 カリンバ型合葬墓
 第9章 墓の社会的機能

 評者は、人骨を研究対象とする自然人類学を専門としているため、第1部を主に書評の対象としたい。第2部の特色となっているのは方法論に人類学的な視点を取り入れた点である。我が国において、考古学は文学部の史学科、自然人類学は理学部の生物系に設置されるのが一般的である。一方、アメリカでは考古学は、自然人類学、文化人類学、言語学と合わせて人類学を構成していて、考古学と自然人類学の垣根は日本よりも格段に低い。長い間日本の発掘現場で人骨を取り扱うのは、東京大学か京都大学出身の人類学者か医学部の解剖学者が主にであり、考古学者は手を出さないのが慣例であった。骨を扱うのには骨を習熟したものが当たるのは当然のことであるが、発掘調査の一連の流れのなかで人骨が出土した途端調査者が変わることにはデメリットがある。しばしば、両者に情報が共有されないのだ。考古学の教育課程をアメリカ並みにしろとは言わないが、発掘を担当するものには最低限の人骨の知識があった方が良いし、調査担当者は一貫して墓を調査するのが理想である。著者が取り上げた埋葬行為復元のための考古学・人類学的方法論の根底にあるものは、埋葬された遺体がどのようにして人骨になり、埋葬環境の違いによってどのような出土状況を示すのかである。従来、埋葬環境によって人骨が動くことは、人類学者や解剖学者にとっては骨を扱う者の素養として知っているべきことで、考古学側にアピールすることが少なかった。つまり自明の理とされてきた。しかし、骨学を未修学な考古学者にとっては、人骨の解剖学的位置関係などは理解し難い。2007年、評者は考古学者向けに埋葬環境と人骨の出土状況を整理し発表した(「近世考古学と形質人類学」『近世・近現代考古学入門』 慶応義塾大学出版会、2007年:pp136−146)。それを発展的に応用したのが本章の第1章である。評者は「充填環境」「空隙環境」の2つだけを提示したが、本書ではこれらの2つに「部分的空隙環境」を加え、より実例に対応したものとなっている。これらの概念を、第2章から4章において、具体的に縄文時代の土壙墓、弥生時代の木棺墓、近世アイヌ墓等の時代・地域を超えて多くの実例を検証し、有効性を確認している。実例を踏まえ「部分的空隙環境」を「部分的空隙環境(当初型)」と「部分的空隙環境(移行型)」に細分して実際に即したものとした。さらに第5章で櫛などの装着遺物への応用が可能なことを示した。装着遺物にこの概念を用いたのは本書が最初だと思われ、本書をオリジナル性の高いものとしている。人骨が遺存しない墓でも、櫛などの装着性の高い遺物に着目すれば、詳細に出土状況を確認することによって、遺体が埋葬された状況を復元できるという、今後様々な調査に採用されるだろう発展性のある概念を打ち出したと言えよう。第1部で肝要なことは、出土状況を確認するという考古学で基本的なことが、今までこと人骨に関しては人類学者まかせでなおざりになっていたうえ、人類学者は白骨化する過程をあまり議論の俎上にしてこなかったことに、光を当てた点である。やはり、遺跡を調査する人間がすべての遺物の出土状況を把握することが望ましい。しかし、現状では考古学徒が人骨を学べる機会は少なく、著者の提示する内容を即座に理解し、実践することは困難である。本書が広く普及することによって考古学専攻課程で自然人類学教育の重要性が認識され、骨学の講義・実習が取り入れられることを強く望む。
 第1部の難点といえば、本文と図が離れたページにあることで読みにくい、また、図が小さすぎて出土状況が確認できないものがある。さらに使用されている用語で分かりにくいものがある。例えば、遺体層(P.74)という表現が散見されるが、どのようなものを指しているのか不明である。
 第2部は、第1部で検証した人骨と遺物による遺体周辺の環境判断から墓の社会的機能を追求している。評者は考古学を専門にしていないので、著者が云うカリンバ遺跡における多数合葬墓と擬制的親族関係の結びつき、すなわち多数合葬墓に埋葬された人物は、直接の血縁関係のない小河川を単位とする「村落(=複数のムラ)」の代表者達とする仮説の妥当性は判断できないが、人骨と遺物による遺体周辺の環境判断からカリンバ型合葬墓が追葬可能な構造であるという指摘は、首肯できる。これまで7体以上の合葬墓の解釈として「同時期死亡・同時期埋葬」あるいは「再葬された」など様々あった、あらたに「追葬可能な施設」と新説を掲げたことは高く評価される。著者も述べているようにこの仮説の検証には今後の集落の分析が必要であるが、今後の研究成果が待たれる。いっしょに埋葬されるのは家族だとの思い込みは近代家族制度に縛られた発想だということを改めて認識させられた。
 本書は、人骨の基礎的な理解がないと第1部と第2部の関連性が理解し難い。読者の多くが、人類学者ではなく考古学者であることを考慮に入れ、もう少し人類学的な説明を加えた方が親切な気がする。例えば、充填環境の場合、膝蓋骨が解剖学位置を保つ可能性が高い理由は、膝蓋骨が大腿四頭筋の停止腱内に存在する種子骨であるので、脂肪などの軟部組織が腐敗しても、最後まで強靭な腱に保持されるからであるといったように解剖学的な基礎知識は丁寧に記述し、積み重ねていった方が、第2部で、人骨が出土しないけれども遺物から遺体環境を復元できるという提言に対して、説得力が増すと思われる。このように改良の余地があるものの、縄文時代のみならず、いずれの時代の墓制を研究する考古学者にも一読をお薦めする。遺物を含めた遺体の周辺環境を詳細に観察することの重要性を改めて認識させる好著である。

墓の社会的機能の考古学

著書:青野友哉 著

発行元: 同成社

出版日:2013/03

価格:¥9,900(税込)

目次

序章 合葬墓の研究史と本研究の目的
 墓の社会的機能への視点
 合葬墓研究における方法論
 埋葬行為復元のための方法論の確立
第?部 埋葬行為復元のための考古学・人類学的方法論の確立
第1章 出土人骨を用いた検証方法の構築
 充填環境・空隙環境・部分的空隙環境
 土層断面観察の重要性
第2章 近世アイヌ墓における実例検証
 有珠4遺跡の近世アイヌ墓と調査方法
 人骨・遺物による埋葬環境の判断
 土層断面による検証と埋葬環境別の割合
第3章 弥生時代木棺墓における実例検証
 堀部第1遺跡・古浦遺跡・土井ケ浜遺跡の出土人骨
 埋葬環境の時間的変化の理解
第4章 縄文中・後期における実例検証
 北村遺跡の出土人骨
 充填環境下での骨の移動の理解
 人骨による環境判断の方法論的妥当性
第5章 装着遺物を用いた検証方法の構築
 環境別の遺物出土状況と方法の提示
 縄文後期単葬・単独葬墓による方法論の検証
 合葬墓への適用と解釈
第?部 縄文後期から続縄文期における墓の社会的機能
第6章 墓の上部構造の変化
 墓の上部構造 墓標と墓標的機能の整理
 縄文後期末〜晩期初頭の墓の上部構造 恵庭市カリンバ遺跡
 縄文晩期の墓における変化 余市町大川遺跡・木古内町札苅遺跡
 続縄文期の墓における変化と「南川型葬法」
 墓の上部構造と社会的機能の変化
第7章 墓の下部構造の種類
 木棺・木槨構造を持つ墓
 坑底ピットを持つ墓
第8章 カリンバ型合葬墓
 遺物出土状況から判明した「カリンバ型合葬墓」の構造
 「カリンバ型合葬墓」の埋葬行為復元
 漆塗り櫛の型式変化と合葬墓の構築順序
 「カリンバ型合葬墓」の特徴
 カリンバ型合葬墓の成立過程と以後の展開
第9章 墓の社会的機能
 縄文後期から続縄文期の埋葬行為
 カリンバ型合葬墓の社会的機能