書評コーナー

第32回 2016.04.12

縄文時代の食と住まい
発行元: 同成社 2016/03 刊行

評者:櫻井準也 (尚美学園大学総合政策学部教授)

縄文時代の食と住まい

著書:小林 謙一 編

発行元: 同成社

出版日:2016/03

価格:¥4,400(税込)

目次

はじめに
I 食の多様性と文化の盛衰―縄文から学ぶ―(羽生淳子)
II 民族事例からみる多様な住居の様相―平地式住居の実態―(武藤康弘)
III 資源利用からみた縄文文化と続縄文文化(高瀬克範)
IV 鍋のスス・コゲからみた縄文・弥生時代の囲炉裏構造(小林正史)
V 炭素同位体分析による居住期間・住居の寿命と生業(小林謙一)
総括 縄文時代の食と住まいの復元(小林謙一)
おわりに

縄文時代の食と住まい研究の到達点

 本書は、2013年9月28日(土)に中央大学多摩キャンパスで開催されたシンポジウム『考古学の地平をのぞむ 縄文文化の食と居住〜考古学と関連科学の研究成果から〜』の成果をまとめたものである。当日の発表題目および発表者は「食の多様性と文化の長期的持続性―縄文から学ぶ―」(羽生淳子:カルフォルニア大学バークレー校教授)、「民族事例からみる多様な住居の様相―平地式住居の実態―」(武藤康弘:奈良女子大学教授)、「縄文文化の土地・資源利用の相対化」(高瀬克範:北海道大学准教授)、「縄文深鉢のススコゲからみた台所構造」(小林正史:北陸学院大学短期大学教授、現北陸学院大学教授)、「炭素同位体分析による居住期間・住居の寿命と生業」(小林謙一:中央大学教授)であり、その後発表者による質疑応答・討論が実施された(参加者は150人を越えている)。その後、小林謙一氏が編者となり2016年3月31日に同成社より本書が刊行された。以下で執筆者ごとにその内容について概観してみたい。
 まず、羽生氏は食の多様性と文化の盛衰について縄文研究の立場から論じている。最初にプロセス考古学において人類の環境への適応という視点からの研究が蓄積されてきたこと、そしてその後のポスト・プロセス考古学の流行に伴って下火になったものの2000年代以降になると環境と人間との相互関係を重視した新たな「環境考古学」が注目されていると指摘している。その背景には歴史の多様性を重視する歴史生態学の存在が重要な役割を担ったが、そこで重要な概念として「持続可能性」があり、長期の変化をとらえることを得意とする考古学はこの問題を検討することに適している学問領域であるとしている。その後、羽生氏の狩猟採集民に関する研究業績をもとに食と生業の多様性について「スペシャリスト型」と「ジェネラリスト型」という狩猟採集民の生業活動パターンの分類に基づいて議論している。そして、三内丸山遺跡を中心に縄文時代の人口や居住期間、さらには住居址数や石器組成について詳細に検討を加え、過度の植物質食料への依存と食の多様性の喪失によって一時的に人口増加が引き起こされたが、そのシステムの不安定さが崩壊をもたらしたとしている。羽生氏の論考は、かつての「人間」と「自然」の二項対立や人類の環境適応という単純な図式ではなく、「多様性」や「持続可能性」をキー概念とした歴史生態学の考え方を取り入れた新たな「環境考古学」の可能性を示したものである。
 武藤康弘氏は堅果類の可食化と狩猟採集民の住居について民族考古学の方法を用いて考察している。まず紀伊山地で武藤氏が実施したフィールドワークの事例でトチノミの可食処理過程について解説し、堅果類の可食化の歴史を遡っている。その後、縄文時代の住居の上屋構造について検討しているが、そこでわが国の竪穴住居の復元モデルが近世のたたら製鉄の小屋であったことを明らかにしている。これに対し、北米先住民の竪穴住居は屋根が土で覆われた住居であり、近年のわが国の竪穴住居も(見栄えの悪さは否めないが)土葺き屋根に復元されたものが増えており、武藤氏はこれを支持している。その後、炉跡や掘立柱建物など竪穴住居以外の居住施設についても検討を加え、最後に武藤氏が調査を実施した中国内モンゴル自治区の住居について遺跡形成論的視点から検討を加えている。武藤氏は「現在の民俗事例と縄文時代の考古資料との乖離が未だ大きく、民俗事例からは全く想起しえないような可食化の技術が縄文時代には存在していた可能性も残されているのである」(35頁)と述べているように、民族考古学における調査結果が直接的に過去の事象に結びつかないこと、そして過去と現在の穴を埋めること(あるいは歴史的遡及)の難しさを指摘している。また、民族考古学の方法は従来のような狩猟採集民の食料加工技術や居住システムを行動科学的にとらえる方向ではなく、住居のライフサイクルや遺跡形成過程の研究により有効であるとも述べている。
 高瀬克範氏は縄文文化と続縄文文化を対比させながら縄文時代の資源利用について論じている。高瀬氏はまず、続縄文文化期の植物利用、動物利用、漁撈活動(漁具など)について縄文文化期との共通点や相違点を指摘し、その後続縄文文化期後半における変化(サケ科魚類利用、竪穴住居の欠如、土器の広域分布)について言及している。そして、当時の人々がテント生活をしており、石狩低地では秋季にサケ科魚類の捕獲・加工に多くの人々が関与し、それ以外の季節には移動性の高い生活を送っていたという石井淳氏の仮説を紹介したうえで、具体的な事例をあげながら居住施設や季節移動と土地利用の問題について検討し、資源利用と土地利用がサケ科資源を利用した交換という経済活動に結びついていると指摘している。高瀬氏は北海道の魚類資源利用が縄文(ニシン科中心)、続縄文文化前半(大形のヒラメ・メカジキ中心)、続縄文文化後半(サケ科中心)で異なるが、それらは同じ環境条件下での選択であり失敗することもありうるとして、縄文の資源利用方式すなわち縄文人の適応戦略が必ずしも最良のものであるとは限らず、かと言って続縄文になって資源利用が改良されたとも言いきれないとも述べている。このように縄文・続縄文・擦文・アイヌ文化という北海道の歴史の流れの中で、狩猟採集生活を送っていた人々にとって魚類は重要な資源であったが、その裏には漁法や交易やなど当時の技術的・社会的背景が複雑に絡んでおり、「続縄文=漁撈活動」といった単純な議論はもはや通用しないのである。
 小林正史氏は深鍋にみられるススやコゲの観察から縄文・弥生時代の囲炉裏構造について論じている。具体的には調理におけるオキ火利用に関するもので(オキ火は加熱ムラが少なく、長時間の加熱、火種の保持に適し、鍋を転がして上半部のみ加熱が可能である)、縄文深鍋では内面胴下部のコゲと外面上半部のコゲの多くはオキ火による空焚き乾燥であることを実験によって確かめた。また、内面胴下部のコゲは従来考えられていたように水分がなくなった状態で内容物が水面下で焦げたものではなかったことも判明している。また、外面上半部のスス酸化についてはオキ火上での土器の転がし加熱の痕であり、加熱の目的はカビ防止であるが、短時間強火加熱ののち弱火加熱と蒸らしによって炊飯が行われた弥生時代・古墳時代になると空焚きは不要になったという。その後、縄文時代の炉内の灰の厚さと囲炉裏構造の変化について検討し、縄文時代が「薄い灰層を伴う赤変床炉」であったのに対し、弥生時の西日本で灰の量が多い灰穴炉に転換したが、東日本で灰穴炉が普及しなかった理由には弥生時代における炊飯とオカズ調理の分化が関わっていると述べている(弥生時代になって低地に進出したことに伴って灰穴炉は地中からの水分上昇を抑える役割も果たしたという)。このように小林氏の論考は、土器にみられる使用痕跡から当時の調理に伴う諸行動(オキ火調理や空焚き乾燥)の復元を試みたものであり、小林氏が長年実施してきた実験の成果をもとにしたものである。
 最後に小林謙一氏は自らの研究テーマである炭素同位体分析による居住期間・住居の寿命と生業の問題について論じている。本論では、まず炭素同位体分析による居住期間の問題について炭化材の年代測定結果を竪穴住居のライフサイクルに関連させながら議論している。そこでは、堅穴住居の年代を測定するという目的においてはバイアスとなる古材の使用(古木効果)、分析試料の採取場所(樹齢の問題)、燃料材・建築材による時期差などについて言及し、実際の縄文時代や古墳時代の火災住居の事例を紹介しながら検討を加えている。また、同一資料の年輪ごとに試料を採取して較正曲線とマッチングさせるウイグルマッチングの方法について解説している。その結果、縄文時代の火災住居の構築材はおおむね予想通りの年代を示しているが、新しい時代の火災住居の構築材にはやや古い年代のもの(古材の再利用やストックが考えられる)が混じるという傾向がみられる。また、住居の作り替えについて東京都目黒区大橋遺跡の事例を紹介し、集落の最盛期には住居は3年くらいで作り替えられてきたが、後半になると集落が縮小し断絶もみられるようなると指摘している。その他にも竪穴住居の埋没期間の問題や土器の同位体分析から判明する縄文時代の生業について言及しているが、同位体分析については窒素同位体ではなく炭素13による食料資源の種類やそれに関わる海産物の海洋リザーバー効果について論じている。小林氏は長年、炭素同位体分析による高精度年代測定の研究に従事し、様々な批判も受けてきたが、本論ではそれらの批判を受け入れながら古木効果や木材の樹齢などの問題を竪穴住居のライフサイクルへ、海洋リザーバー効果を海産物採集の問題へと巧妙に議論を展開させている。また、最後の総括では、小林謙一氏が「食および住の復元」に関わる考古学的復元、自然科学的復元、民族誌・民俗例、実験考古学的分析という4つの方法を掲げ、それぞれの執筆者の論考の位置付けを試みるとともに、近年の研究史について簡単にまとめている。
 本書はわが国における気鋭の縄文研究者による論考集である。残念ながら評者はシンポジウムに参加しておらず、本書に討論の記録が含まれていないため当日の会場の雰囲気や討論の内容について知ることはできなかった。また、評者は現在、先史考古学から離れているため評者として不適当とも言えるが、学生時代に縄文時代研究、そしてプロセス考古学や民族考古学に接してきた評者にとって本書の内容は興味深いものであった。例えば、複数の執筆者が縄文時代の食や住まいに関する従来のイメージが実際には間違ったものであることを自らの研究事例を示しながら指摘していることである。さらに、いくつかの論考に共通した研究手法が縄文人の行動復元であったことにも注目したい。縄文時代に限らずモノ(遺構や遺物)に残された痕跡から過去の行動を復元することは考古学にとって重要な研究課題であるが、今後は事例研究だけでなく、それらを統合する新たな理論構築が必要である。さらに、羽生氏が縄文文化を多様性や持続可能性という観点から論じているように、縄文文化の本質が考古学の枠を超えたグローバルな視点で議論されることにも期待したい。本書には各執筆者の研究の到達点が示されているが、本書は縄文時代の食と住まいに関する最新の知識を得るだけでなく、その背景にある方法論的な問題や限界(例えば、民族考古学・実験考古学・年代測定法について)を意識する契機を与えてくれるものである。その意味で本書は縄文研究に限らず考古学を志すものに様々な示唆を与えてくれる一冊である。

縄文時代の食と住まい

著書:小林 謙一 編

発行元: 同成社

出版日:2016/03

価格:¥4,400(税込)

目次

はじめに
I 食の多様性と文化の盛衰―縄文から学ぶ―(羽生淳子)
II 民族事例からみる多様な住居の様相―平地式住居の実態―(武藤康弘)
III 資源利用からみた縄文文化と続縄文文化(高瀬克範)
IV 鍋のスス・コゲからみた縄文・弥生時代の囲炉裏構造(小林正史)
V 炭素同位体分析による居住期間・住居の寿命と生業(小林謙一)
総括 縄文時代の食と住まいの復元(小林謙一)
おわりに