第31回 2015.12.04
中国新石器時代の変遷と交流 ―環太行山脈地区文化圏の成立とその背景―発行元: 六一書房 2015/07 刊行
評者:後藤 健 (早稲田大学東アジア都城・シルクロード考古学研究所 招聘研究員)
中国新石器時代の変遷と交流 ―環太行山脈地区文化圏の成立とその背景―
著書:久保田慎二 著
発行元: 六一書房
出版日:2015/07
価格:¥9,680(税込)
目次まえがき
序 章
第1節 本書の目的
第2節 新石器時代の研究史における環太行山脈地区の位置づけ
第3節 対象資料と研究手順
第1章 地域区分と時期区分
第1節 環太行山脈地区の地域区分
第2節 新石器時代の時期区分
第2章 環太行山脈地区の自然地形と気候
第1節 中国および環太行山脈地区の自然地形
第2節 環太行山脈地区の気候
第3節 環太行山脈地区の古気候
第3章 環太行山脈地区の土器編年と交流関係
第1節 用語概念の説明と研究方法
第2節 山西の土器編年と地域間交流
第3節 内蒙古中南部の土器編年と地域間交流
第4節 河北の土器編年と地域間交流
第5節 環太行山脈地区における交流の変遷と環太行山脈地区文化圏の形成
第4章 環太行山脈地区文化圏形成の背景
第1節 空三足器の伝播形態からみた環太行山脈地区文化圏
第2節 実験考古学からみた鬲の分布圏拡大の背景
第3節 陶鈴からみた環太行山脈地区文化圏
第4節 小 結
終 章
第1節 論点の整理
第2節 環太行山脈地区文化圏の形成過程とその背景
第3節 初期王朝時代の環太行山脈地区文化圏
あとがき
引用参考文献
中国語要旨
序章
第1章 地域区分と時期区分
第2章 環太行山脈地区の自然地形と気候
第3章 環太行山脈地区の土器編年と交流関係
第4章 環太行山脈地区文化圏形成の背景
終章
序章から第1章にかけては、研究の目的と方法、分析対象の地域と時期区分についての整理を行っている。著者はこれまでの研究史を踏まえたうえで、新石器時代の土器の中で日常生活で一般的に使用される土器の系統を分析し、その過程で黄土高原の東に南北に長く延びる太行山脈を取り囲む地域は、異なる系統が交錯する地域でありながら共通性の高い土器文化を共有する地域であるとして、山西、河北、内蒙古中南部という地域を包括した環太行山脈地区という独自の地域区分を設定した。それぞれの地域は相互の交流が存在していることは過去にも研究例はあるものの、個別的な分析が主体であり、山脈を取り囲む地域を1つとして捉える視点は本著で初めて示したもので、慧眼であると言えよう。
続く第2章では対象地域の地理的特徴を整理し、のちの歴史時代の交通路と地形の状況から、山脈を横断するルートが新石器時代にまでさかのぼりうる可能性を示唆した。当時の気候についても世界的な研究成果を踏まえたうえで、分析対象地域とその周辺地域の遺跡における花粉分析の結果や、出土する動物遺体の様相から、新石器時代に次第に温暖化が進み、後期をピークにして温暖化が継続するが、末期になって寒冷乾燥化が進むという気候変化の流れを復元している。
本稿の骨子ともいえる第3章では、環太行山脈地区の詳細な土器編年を行っている。日本考古学において蓄積された緻密な型式学的分類に基づき、著者独自の分類基準を設定して土器の各器種ごとに属性分析を行い、山西、河北、内蒙古南部における土器編年と、3つの地域を横断する広域編年の構築に成功している。さらに環太行山脈地区全域を6期に区分し、土器の組成や器種の変化から、3つの地域の内部とそれぞれの地域間における交流の状況を具体的かつ詳細に指摘した。その結果新石器時代をつうじて、太行山脈を取り巻く地域では時期ごとに南北や東西方向の交流のネットワークが形成されるが、山脈は基本的には障壁となっている。しかしそうした交流を経て、本著での6期に山脈を横断するような広域ネットワークが盛んになり、全域に共通するような一大文化圏が形成されたと結論付けている。そしてそれは黄河流域以南とは隣接しながらも異なる文化圏となっている。土器では特に中空の脚部を持つ三足器に注目し、内蒙古中南部が中国でも最も早く鬲が出現した地域であり、6期にそのような土器が広範囲に分布したことが共通要素をもつ文化圏の成立の重要な要素であると指摘した。惜しむらくは、取り扱った器種と時期が多岐に渡るため、分析結果が一読ではなかなか理解しにくい点である。しかし、初期王朝時代に主要な器種となる鬲の出現とその変遷を明らかにしたことは重要な成果と評価できる。
第4章では、環太行山脈地区文化圏が形成される指標としてとらえた中空の三足器と、土製の鈴についてさらに個別の分析を行い、文化圏形成の背景についての考察を行っている。三足器では鬹、斝、鬲という3器種について形式分類と分布状況、時期的な変遷を検証し、器種としては地区内で共有していても形態的には差異があり、さらに他の器種を伴わないで単独で拡散したと見受けられると指摘している。そうした三足器が広範囲に伝播する要因の1つを熱伝導の効率の差に求め、実験考古学の手法を用いて、鬲とそれ以前に主流であった実芯の脚部を持つ鼎との比較を行っている。実物観察のデータに基づいた土器表面のスス痕の付着パターンの分析から焼成方法を復元し、その条件にそくした煮沸実験から、鬲が鼎より熱効率が高いことを実証した。熱の伝導率が良好であれば燃料も節約することが可能になり、気候の寒冷化に伴い植生が変化したことで燃料としての木材を多用し難い環境へと変化したという想定から、その効率の良さが鬲などの三足器が広く伝播する背景の一つであるとの見解を示している。土製の鈴については、内蒙古中南部に起源すると考えられる北方系の鈴が三足器よりも早く南下して環太行山脈地区に広がり、6期に全域に分布することを明らかにした。
終章では、環太行山脈地区文化圏が形成される過程と背景をとりまとめ、3期での廟底溝文化の広範囲における伝播が当該地域にも影響を及ぼし、その後は地区内でそれぞれの独自性が高まる時期が続き、その流れで鬲や北方系鈴などの特徴的な器種が生み出され、6期にそれらが南下して広範囲で共通の要素を共有する環太行山脈地区文化圏が形成されたと結論付けている。そして気候の寒冷乾燥化はその大きな要因であると推定している。また文化圏の形成は、新石器時代以降の初期王朝と結びつけて捉えられている二里頭文化、東下馮文化、下七垣文化の土器様相の差やその変遷について一定の影響力があり、二里頭文化期の地域間関係を読み解くうえでも重要性が高いと評価している。
本著は中国の先史時代の研究者、またその動向に関心のある方には一読されることをお薦めする。新石器時代を主体としてはいるが、王朝期までを視野に入れ、緻密な分析と発想により通説では見過ごされている地域の実態を明確にし、土器などの文化的要素の来歴を考えるうえで一つの重要な提言を新たに示した意欲作である。ただ本著の中でも述べているように、基本的に分析の対象となっているのは日常的に使用されるような土器群であり、それは文化的な要素の中のある一側面に焦点を当てたに過ぎない。太行山脈を取り巻く地区でも、地域の内部や隣接する地域との交流を示す資料は種々あり、それらをさらに包括した総合的な分析を今後に期待しておきたい。
中国新石器時代の変遷と交流 ―環太行山脈地区文化圏の成立とその背景―
著書:久保田慎二 著
発行元: 六一書房
出版日:2015/07
価格:¥9,680(税込)
目次まえがき
序 章
第1節 本書の目的
第2節 新石器時代の研究史における環太行山脈地区の位置づけ
第3節 対象資料と研究手順
第1章 地域区分と時期区分
第1節 環太行山脈地区の地域区分
第2節 新石器時代の時期区分
第2章 環太行山脈地区の自然地形と気候
第1節 中国および環太行山脈地区の自然地形
第2節 環太行山脈地区の気候
第3節 環太行山脈地区の古気候
第3章 環太行山脈地区の土器編年と交流関係
第1節 用語概念の説明と研究方法
第2節 山西の土器編年と地域間交流
第3節 内蒙古中南部の土器編年と地域間交流
第4節 河北の土器編年と地域間交流
第5節 環太行山脈地区における交流の変遷と環太行山脈地区文化圏の形成
第4章 環太行山脈地区文化圏形成の背景
第1節 空三足器の伝播形態からみた環太行山脈地区文化圏
第2節 実験考古学からみた鬲の分布圏拡大の背景
第3節 陶鈴からみた環太行山脈地区文化圏
第4節 小 結
終 章
第1節 論点の整理
第2節 環太行山脈地区文化圏の形成過程とその背景
第3節 初期王朝時代の環太行山脈地区文化圏
あとがき
引用参考文献
中国語要旨