第30回 2015.09.28
カリフォルニア先住民の文化発行元: 六一書房 2015/06 刊行
評者:佐藤宏之 (東京大学文学部考古学研究室教授)
カリフォルニア先住民の文化
著書:関 俊彦 著
発行元: 六一書房
出版日:2015/06
価格:¥2,420(税込)
目次プロローグ
第一章 先史文化の移り変わり
一 はじめに
二 各地域の先史文化
南部の洪積世文化 サンディエギート文化 石臼ホライゾン
カナリニョ・チュマシュ文化 中央カリフォルニアの人々 前期ホライゾン
後期ホライゾン カリフォルニアの他地域の人たち
三 考古資料は語る
四 おわりに
第二章 先住民のライフスタイル
一 はじめに
二 諸文化の地域色
北東カリフォルニア地域 中央カリフォルニア地域 大盆地地域
南部カリフォルニア地域 コロラド川流域
三 おわりに
第三章 先住民の狩猟と漁撈
一 はじめに
二 狩 猟
弓と矢 射手と狩人 弓矢の使い方 石鏃にかかわる伝承 ハイイログマの伝説
三 漁 撈
哺乳動物 漁具 魚の調理と保存
四 おわりに
第四章 先住民と貝製ビーズ
一 はじめに
二 ヨーロッパからの来訪者
三 先住民と貝製ビーズ
四 歴史時代の集落跡
五 プレ歴史時代の集落跡
六 おわりに
カリフォルニア先住民文化に見る縄文の眼差し
本書は、六一書房が刊行している”Archaeology Square”シリーズの5冊目にあたる。これまで本書を含め本シリーズ全てを、著者の関俊彦が訳または著している。しかもそのうち3冊は、カリフォルニア先住民の文化や生活に関する著述である。本書およびこれらのシリーズの特徴を一言で表現すると「壮大なレヴュー」と言えるため、内容を正面から詳細に書評するのはいささか的外れになるかもしれない。そこで、すこし異例ではあるが、本書のもつ意味という視点から内容を照射し、評者の関心を加えて書評に替えさせていただきたい。縄文研究の巨人・山内清男が、縄文文化の生活様式を研究する際に参考として、北米先住民の民族誌を参照したことはよく知られている。山内は、東日本の縄文文化・社会を解釈するにあたって、サケマスに代表される漁撈が極めて発達し階層化社会を構築していた北米北西海岸先住民社会の文化と生業を、西日本の場合は、堅果類利用が卓越するが北西海岸先住民社会ほどには階層分化が発達していないカリフォルニア先住民の文化と生業を参照資料として強く強調したが、それ以来、縄文研究は、絶えずこの視点を意識して展開してきたと言っても過言ではない。縄文文化におけるサケマス論や階層化社会論は、これまで繰り返し議論の俎上に載せられてきた。
評者もその一人で、学生時代恩師の故渡辺仁先生(元東京大学教授)の教えを受けたことを切掛けとして、先史考古学の理解には、考古資料そのものと民族誌・民族考古学の両者への配視が重要であると考えている。そのため国内および東・東北アジアの民族考古学研究を開始してからも、北米民族誌の勉強を続けてきた。そして著者である関も、山内の視点を共有している。関は、30年以上にわたり北米先住民の民族誌・考古学資料を広範囲に渉猟し、カリフォルニア先住民を中心に、これまで多くの評論を公表してきた。本書はその一つの成果である。
人類学の研究史を紐解くと、20世紀前半は、19世紀以来の古典的社会進化論に基づく単純で思念的な人類進化説のくびきをようやく脱し、現実の資料に基づいた民族社会の機能や構造が重視されるようになった。そのため現地での参与観察に基づく確実な民族誌Ethnography作成の重要性が強く主張され実行された時期であった。アメリカ人類学においても同様で、ために北米先住民に関する膨大かつ徹底的な記載民族誌が蓄積された。スミソニアン研究所やシカゴ大学、カリフォルニア大学等では、北米先住民の民族誌に関する膨大な報告書シリーズが刊行されており、これらの成果に基づいて、今日HRAF(Human Relations Area File、別名マードック・ファイル)と呼ばれる世界規模の巨大な民族誌データベースが構築されている。
カリフォルニア先住民については、アルフレッド・クローバーのハンドブック(Kroeber, A.L. 1925 Handbook of the Indians of California. Bulletin 78 of the Bureau of American Ethnology of the Smithsonian Institute: Washington, D.C.)を皮切りに類書が続々と出版されており、最近では北米全部の先住民に関するハンドブック・シリーズの第8巻(1978 Handbook of North American Indians 8: California. Smithsonian Institute: Washington, D.C.)が決定版として刊行されている(ただしシリーズ全体は未刊)。
しかしながら、戦前に刊行された民族誌の多くは、文字通り文化目録の「記載」を主眼としているため、きわめて単調で読み通すのは相当の努力が必要である。その点、本書を始めとする関による日本語でのレヴューは要点を押さえた上で完結にまとめられており、好著である。縄文研究者だけではなく、広く関心のある方に通読を勧めたい。
本書は、既発表論文を元に5章から構成され、第1章ではカリフォルニアの先史時代が扱われている。第2章で先住民文化の地域性を概観した後、第3章では狩猟と漁撈を中心とした生業が述べられる。第4・5章では、多くの物質文化の中から、この地域の特徴となる貝製ビーズと造形・岸壁画が検討されている。より深く知りたい方は、入手可能な文献を中心として作成された章末の参考文献リストにあたることをお勧めする。
ただし、全編に通底する著者の視座は先住民が共有した自然との共生観にあるが、それが基本的に是認されるとしても、やや純化し過ぎている点は気にかかる。例えば、ヨーロッパ系農耕民の来襲以前に行われた、罠猟師Trapper・毛皮商人たちとの間の毛皮交易によってもたらされた先住民の経済的利益に対する評価にも触れて欲しかった。
最後に私事で恐縮だが、評者は関の著述に誘われて、先住民文化の実態を知りたくなり、数年前カリフォルニアの調査旅行に行った。そして著者が繰り返し述べているように、カリフォルニアは広く多様な自然から構成されていることを実感した。移動にあたり、レンタカーだけでは足りず、州内を航空機を使って移動せざるをえなかったからである。オークの林に感動を覚え、天然の岩盤に無数に開けられたドングリ破砕穴のみせる光景は、縄文の生活を再考するよい機会となった。
カリフォルニア先住民の文化
著書:関 俊彦 著
発行元: 六一書房
出版日:2015/06
価格:¥2,420(税込)
目次プロローグ
第一章 先史文化の移り変わり
一 はじめに
二 各地域の先史文化
南部の洪積世文化 サンディエギート文化 石臼ホライゾン
カナリニョ・チュマシュ文化 中央カリフォルニアの人々 前期ホライゾン
後期ホライゾン カリフォルニアの他地域の人たち
三 考古資料は語る
四 おわりに
第二章 先住民のライフスタイル
一 はじめに
二 諸文化の地域色
北東カリフォルニア地域 中央カリフォルニア地域 大盆地地域
南部カリフォルニア地域 コロラド川流域
三 おわりに
第三章 先住民の狩猟と漁撈
一 はじめに
二 狩 猟
弓と矢 射手と狩人 弓矢の使い方 石鏃にかかわる伝承 ハイイログマの伝説
三 漁 撈
哺乳動物 漁具 魚の調理と保存
四 おわりに
第四章 先住民と貝製ビーズ
一 はじめに
二 ヨーロッパからの来訪者
三 先住民と貝製ビーズ
四 歴史時代の集落跡
五 プレ歴史時代の集落跡
六 おわりに